王都の道で
アルバは決して表舞台に出たいわけではない。
確かに、作中の中でも可愛いヒロインと一緒にいられる男の欲みたいのはもちろんある。
だがしかし、男の下心によって死んでしまうなど笑えない話。
学園に入り、何かしらのフラグが立ち、死んでしまったとしよう。
天国にいるパトラッシュに「なんで死ぬかもしれないって場所に行ったの?」、「いやぁー、可愛い女の子がいてさぁー」と普通のメンタルで返せるか?
シェリアには申し訳ないが、アルバは教皇の脅しさえなければきっと学園行きは断っていた。
しかし、八方塞がりになった現状……もう仕方ない。女の子を泣かせて死ぬか、女の子の願望を叶えて死ぬかという選択肢であれば、間違いなく後者を選ぶしかない。
(そもそも、シェリアと関わってさえいなきゃこんなことに……)
───あれから三日。
茂みに腰を下ろし、適当に草を摘みながらため息を吐く。
アルバは現在、薬草採取の依頼によって少し離れた山に足を運んでいた。
比較的自給自足な生活を送っていたアルバは一応冒険者としてギルドに加入はしているが、あまり依頼をこなしてはこなかった。
そのため、薬草採取といった低賃金低レベルの依頼しか受けられないランク。
だからこそ、こうしてちまちま安い給料のために草をむしっているのである。
(かくいうシェリアは朝の「お仕事、行ってきます!」で億万長者だろ? ヒロインずっこい……)
夫よりも奥さんの方が稼いでいるという情けないシチュエーションが脳裏に浮かんだアルバであった。
(まぁ、いっか。どうせシェリアも主人公に出会ったら惚れるわけだし。そうなったらまた逃げりゃいいしね)
舞台は学園。そこへはヒロインだけでなく主人公も通うことになる。
主人公がどのルートを進むのかは不明とはいえ、ヒロインであるシェリアが惚れないわけもない。
もし惚れてしまった場合、アルバは逃げることができる。
娘溺愛狂人教皇ちゃんも、シェリアの望んだ相手が別にできてしまったのならアルバのことはどうでもよくなるだろう。
そうなれば、アルバは今度こそ表舞台から立ち去れるというわけだ。
(なーに、逃げることには定評のあるアルバくんだ。トンズラするのなんて楽勝だろ)
薬草を採取し終わったアルバは籠を持ち上げ、その場から足を進める。
山は王都からも比較的近く、そこまで深く潜っていたわけでもない。
なので数十分歩いただけですぐさま下山、王都の中へ戻ってくることとなった。
賑わい溢れ始める繁華街、途切れることなく往来を行き交う人々、見慣れない街並み。
一年ほど公爵領に住んでいたが、そこの街とはやはり一味違う───これこそファンタジー世界の街並み。それがアルバの感想であった。
ただ、三日も経てばある程度は慣れてしまうもので───
(ギルド行って納品して、金もらったらそのまま魚買うかなぁ。そろそろシェリアも魚な気分だろうし)
人にぶつからないよう考えながら、アルバはギルドを目指す。
冒険者が集うギルドは王都の中の奥にあり、山の近くの入り口から向かうと少し距離があった。
そこが若干面倒くさいところではあるのだが、歩かず馬車で向かう貴族とは違ってアルバには楽ちんな手段を選ぶお金がない。
仕方なく、フードを深く被り直して足を動かしていった。
(案外、俺の顔はバレないもんなんだな……)
王都を歩いた時はビクビクしていたのだが、案外どうってことなかった。
貴族だけでなく市民まで嫌われているクズだったからか、公爵家の人間が死んだというのにもう話題にすら挙がっていない。
それでも少しぐらいは顔を知っている人間もいるだろう。そんな思いで警戒していたのだが、フードを取って素顔を見せても何を言われることもなかった。
(イレイナが気づいたのも、幼なじみと婚約者のセット商品だったからかもしれん)
とはいえ、警戒するに越したことはなし。
アルバはフードを開けることなくギルドを目指していく。
すると───
『おいっ! 馬が暴れ始めたぞッッッ!!!』
突如、歩く先から悲鳴や馬の鳴き声が聞こえてくる。
視線を上げれば、そこには馬車の綱が解けて暴れ回っている馬の姿がよく目立った。
近くの店や建物を壊し、往来にいた人は逃げるように馬から離れていく。
しかし、馬車を引いていた馬だ───
『なっ……た、助けて……』
当然、馬車の中にいた人は近くにいるわけで。
馬車の荷台からなんとか体を出した少女が地面にへたり混んでいた。
着ている服から、恐らく貴族の令嬢だろう。腰が抜けてしまったからか、暴れる馬の近くから逃げ出す様子もない。
(おい、御者はどこいった? っていうか、使用人は?)
助ける気配はない。もしかしなくても、命の危険を感じて逃げ出してしまったのか?
更には、周囲にいる人間も誰も助けようとはしない。
といっても、冒険者や衛兵ぐらいは呼んでいるはず。だから、このまま放置しておけば勝手に腕のいい人間がことを治めてくれるだろう。
だが、そんな悠長に構えている頃には近くにいる少女の命はないかもしれない───
「はぁ……分かったよ」
♦️♦️♦️
少女は声が出なかった。
足も動かないし、手も動かない。
どうして? そんなの、明確に死が迫っているからに決まっている。
何もできないまま、ただただ誰も助けてくれない現状で馬が暴れているのを眼前で見守るだけ。
そして、ついに馬の体が自分へと向いた。
先程から周囲のものを壊していた、力強い足が自分に振り下ろされる。
(い、いやっ……!)
しかし───
「……ぇ?」
青白い光が目の前を横切った。
次瞬きをすると、何故か自分の目の前には……馬の図体を踏み潰している、一人の少年が映っていた。
「ここで何もしなかったらシェリアにドヤされるだろうしな」
先程見えた青白い光。
その正体が分かった。
「大丈夫? どっか怪我してない?」
あの光は、今優しそうな笑顔を向けてくれている少年から生まれたものだったんだ。
何せ、馬の骸の上に乗っている少年の全身に弾けるような青白い光が纏われていたのだから。
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