おもてなし準備
校外学習はもちろん中止となった。
王都に在中する騎士団によって生徒は無事に保護され、教師を含め誰一人として負傷者は現れなかった。
それは騎士団が駆けつけたから───というわけではない。
騎士団が駆けつけた頃にはすでに、魔獣は血みどろの死骸だけ残して全てが倒されていたからだ。
アルバが倒したという話は挙がらなかった。
それは最前戦で戦っていた教師も、逃げている生徒もアルバが倒している瞬間を目撃していないが故。
もしかしなくても、最前線で戦っていたユリスの存在が勘違いさせたのかもしれない。
恐らく勘づいている人間もいるだろう。
何せ、いきなり全身血塗れな姿のまま突飛な登場をしてしまったのだから。
こっそり戻る予定が赤一色ホラーのせいですぐにバレ、余計に目立ってしまったのは言わずもがな。
結局、「一人で逃げようとしたら魔獣に襲われたんです!」でなんとかその場を切り抜けることができた。
そのせいで騎士からは冷ややかな目を向けられたのは余談。アルバの正体もギリギリバレなかったのも更に余談だ。
だが、それはそれ。
主人公に恩義を持たれ、新しい
校外学習が中止となり、今日の授業が中止となったアルバはシェリアと共に自宅へと帰っていた───
「よかったんですか、アル」
新しい家で皿を並べるシェリアが口にする。
学生服から着替え、ウィンプル越しから覗く長髪が揺れた。
「あ? 何が?」
そして、キッチンにはアルバの姿。
もっぱら料理担当の悪役は、今日も今日とて庶民らしさ溢れるエプロンを身に着けていた。
「その、今日のことです。アルバがほとんど魔獣を倒したのに、何も言わないなんて……」
「いいんだよ、目立ちたくないし。ギャラリーからの喝采を浴びて有頂天になることよりも大事なことがあるの」
あそこで「俺がやりましたー!」なんて言いでもすれば、目立つことは確定。
もうある程度「アルがあの悪名高いアルバ」だという情報が出回っているとしても、わざわざ自分から言い出して広めるなどナンセンス。
報酬や名声よりも平穏、平和、自由を追い求める崖っぷちの悪役は、いついかなる時でも壁際の塵のように大人しくしておかなければならないのだ。死ぬから。
と、前置きはしたものの……盛大に目立ってしまったので説得力もクソもないが。
「で、ですが───」
「それに、別に見返りがほしくて前に出たわけじゃないし。お前を助けたいって思ったから助けたの、おーけー?」
「あ、あぅ……」
何気なく口にするアルバに、シェリアの顔が真っ赤に染まる。
こういうかっこいいことをサラッと言うからアルバには困りものだ。だから悪い女狐が寄ってくるのだと、シェリアは胸を高鳴らせながら内心で悪態をついた。
「ねぇ、なんで私まであんたの家にお呼ばれされてるの?」
ここでようやく、テーブルに座っているイレイナが声を発する。
伊達なのか視力のためなのか、普段かけていない眼鏡をかけて本に目を落としていた。
こういうのがギャップって言うんだろうな、と。似合っているイレイナを見て少しドキッとさせる。
「何言ってんだ! これからミナを紹介するんだ! 学園なんて誰の目があるか分からない場所で親睦を深めようなんて嫌でしょ!? 人目気になっちゃうし!」
「いいじゃない、別に注目されたって」
「よくないやい!」
そう、これから新居にはこの前出会った少女がやって来るのだ。
というのも、コネクションを繋げるという約束を果たすため。学園で話してもいいのだろうが、どうしても人の目がある。
シェリアやイレイナはよくも悪くも人気者で、アルバは悪い噂の中心だ。
そんな人間が固まれば否が応でも目立つし、アルバの悪評のせいでミナに変な噂が立つかもしれない。
落ち着いて親睦を深めるには、やはりお家にご招待が手っ取り早いのだ。
何よりも、お家に呼ぶなんてなんともお友達らしいイベント。
そういうわけなので、今アルバ達はおもてなしの準備をしている。
「人を招くというのは初めてですので、少し緊張しますね。喜んでもらえるといいのですが……」
「私はもうすでにおもてなし前に招かれているのですが?」
「イレイナさんはすでにお友達ですから!」
「……友達」
友達という言葉に、ほんのりと顔を赤くさせるイレイナ。
よっぽど友達が嬉しいんだなと、見ていたアルバはほっこりしてつい温かい瞳を向けてしまう。
「その目ムカつくから潰される前にやめなさい」
「Oh……」
ただ、その温かい瞳も気に食わなかったようであった。
「アルバ、このお皿は人数分出しちゃってもいいんですか?」
「おう、出しておくんなまし〜」
「了解です!」
シェリアは棚から人数分の皿を取りだしてテーブルへと並べる。
違和感のない、慣れた動き。その様子を見て、イレイナは意外そうな顔を浮かべて頬杖をついた。
「ほんと、アルバは聖女様と一緒に暮らしているのね」
「まぁなー、なんだかんだ成り行きで」
「三年ぐらいですかね?」
「もうちょい短いんじゃないか? 二年ぐらいの感覚があるんだが」
つまりは、二年以上は一緒に暮らしているということ。
こうして普通に話しているが、本来聖女というのは国規模で影響を与える宗教の象徴たる人間だ。
本拠地である大聖堂で暮らし、滅多にお目にかかれない人間。
普通であれば、こんな小さな家で暮らすなどあり得ないもののはず。
なのに───
「あなた達、付き合っているの?」
「ふにゃっ!?」
イレイナの言葉に、シェリアは思わず顔を真っ赤にさせる。
「い、いいいいいいいいきなり何を言うんですか、イレイナさん!?」
「いえ、異性が同じ屋根の下に何年も暮らしていればその疑問は当たり前だと思うのですが……」
わざわざ聖女が大聖堂から離れて一人の男と暮らしている。
確かに、付き合っているか結婚でもしているのかと疑うのは当然であった。
「ち、違いますからっ! 私とアルバはそういう関係じゃ……ただ、その……そうなりたいとは、思っているというかなんというか……」
体をモジモジさせ、キッチンにいるアルバを見るシェリア。
好きだというのは分かっているが、こんなにも可愛くて立場も申し分ない人間がいるのに何もないのか。イレイナは少し信じられなかった。
一方で、当人のアルバは料理を片手に二人の前へと近づき───
「そうだぞ、イレイナ。俺はシェリアと付き合ってるわけなんかないだろぶべらっ!?」
───シェリアに殴られた。
「痛いっ! 親にブタれたことがあるかもしれないけど普通に痛いっ!」
「……馬鹿っ」
「謝罪だ! 何も悪くない俺への謝罪を要求します裁判長!」
「却下するわ」
「何故!?」
愚鈍のアルバに誰も味方はいなかったようで。
美少女二人から冷ややかな目を向けられ、アルバはさめざめと涙を流した。
その時───
『す、すみませーん……あの、アルくん? 来たよ?』
玄関の扉がノックされ、そんな声が聞こえてきた。
アルバはその声に急いで反応し、立ち上がって玄関へと向かう。
扉を開けると、そこには少し緊張気味の表情を浮かべた銀髪の少女が立っていた。
「ようこそ、いらっしゃい!」
「あの、ほっぺが腫れてるけど大丈夫……?」
大丈夫ではないのだが、アルバは気にせず初めての友人に満面の笑みを浮かべた。
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