英雄の帰還?

 魔獣をほぼ全て単独で倒してしまった悪役ヒーロー

 周囲の人間がしっかりと活躍している姿を見ていれば、必ず驚いて称賛を浴びせるに違いない。

 拳を握り、着実と瞬く間に魔獣を葬り去っていく姿は正に鬼神。

 嫌われ者で目立ちたくない者の立場でなければ、拍手喝采は間違いなかった。


 そして、そんな魔獣から皆を救った英雄は───絶賛困っていた。


(ど、どうしましょ……)


 魔獣を倒し終わったアルバは現在、茂みの中へひっそりと隠れていた。

 視界に映っているのは邪魔で少し肌に刺さる草と……広々と開けた森の中に集まる生徒達の集団。

 中には生徒だけでなく先生や、甲冑を纏った騎士までいる。恐らく、騎士は学園側の要請でやって来た人達だろう。


 そんな状況下の中、どうして拍手喝采を浴びてもおかしくない悪役ヒーローは困っているのか?

 それは───


(俺はどうやって合流すれば……ッ!)


 こうして生徒達が避難している状況で、今更自分が「ごっめ〜ん、ちょっとお花摘みに行ってて〜♪」なんて言えばどうなるか? 間違いなく目立つのは確定として、変に肝が据わってる頭のおかしい人だと思われる……もしくは「なにかしてきた?」と疑われるかのどちらかである。

 頭のおかしい人に思われるのはまだいいとして、問題はこの真っ赤に染った制服だ。

 これでは「なにかしてきた?」に「もしかして魔獣を倒したんじゃ?」が追加されてしまう。

 ただでさえ、同学年の生徒のほとんどにはアルバの力は見られてしまっているのだ。紐付けられてしまってもおかしくない。


(そうなれば、更に目立つことは確定演出)


 王都の騎士らしき人間ももいる現状、変に目立てば平和な学園生活は夢のまた夢。

 教皇がどこまで揉み消してくれるか分からないため、学園外でも自分が実は生きているのだということを知られたくはない。

 だからこそ、何事もなかったかのようにあの場へ合流しなければならないため、アルバは必死に頭を悩ませる。

 そんな時───


「……何してるの?」

「うぉっ!?」


 いきなり背後から声をかけられる。

 勢いよく振り向くと、表情が少し乏しい端麗な顔立ちをした少女の姿があった。

 髪と同じアメジスト色の双眸が、いつの間にかアルバへと向けられる。

 この顔、この珍しい髪───見覚えがある。


(賢者の弟子……攻略対象ヒロインの一人!?)


 賢者の弟子───リリィ。

 魔法に強い関心があり、腕が立つ主人公へ徐々に惹かれていった存在。攻略対象の中で最も魔法に長けた平民生まれの少女。

 どうしてこんなに連続して破滅フラグ要因と関わってしまうのか? ここがお外でなければ大号泣していたことだろう。

 そんなアルバのお心など露知らず、リリィは小さく首を傾げた。


「……君、あの決闘で戦っていた人だよね? っていうか、どうしてここに……あぁ、なるほど」


 しかし、アルバが反応する間もなくリリィは何かを察する。

 恐らく、アルバの服を見てのことだろう。


「……とりあえず、ありがとうって言った方がいい?」

「ど、どして?」

「……魔獣倒してくれたの、君でしょ? 騎士達が騒いでたし、私も見てきた。だから、ありがとう?」

「お、おぅ……」


 ぺこりと頭を下げる少女に、思わず拍子抜けを食らってしまうアルバ。

 攻略対象ヒロインとの初めての遭遇にしては静かだなと、そう思った。

 しかし、そんな期待はすぐ裏切られるみたいで……リリィはグッとアルバへ顔を近づけてきた。


「……私、前から君のことが気になってた」

「Oh……」

「……凄いね、君の魔法。単独であんなにいた魔獣を倒せるなんて、君の魔法はやっぱり本物みたい」


 元来の体質、センス、才能───加えてゲームでの知識によって生み出したアルバの魔法は、明らかに同年代の人間を抜いている。

 そこへ魔法に多大なる興味を持つ賢者の弟子が食いついてしまうのも無理はない。

 ただ、美少女に迫られても破滅フラグ要因にしかならないアルバくんにとってはこの異性からのアピールは涙ものだ。


「……ねぇ、私に魔法見せてよ。それか、私と戦ってほしい」

「断固として拒否をする! っていうか、俺は今そんな状況じゃないのあんだーすたん!?」


 アルバは慌ててリリィから距離を取る。

 すると、リリィは露骨にガッカリした様子を見せたが、すぐさま表情を戻した。


「……だったら、この場を切り抜けるお手伝いをしたら戦ってくれる? 見たところ、君はどうやって目立たず戻ろうか考えているみたいだし」

「え、そんな方法あるの?」

「……こう見えても、賢者の弟子。魔法の腕だけは自信がある。運動は苦手だけど」


 正に寝耳に水。

 アルバは泣きそうな顔から一気に輝かしいものへと変わった。


「マジで!? やるやる、決闘でも身売りでもなんでもやるから助けてドラ〇もーん!」

「……任せなさい。私も魔法の練習するために抜け出したからあそこへ戻らないといけないし」


 そう言ってリリィは胸を張ると、懐から小さな杖を取り出した。

 そして、そのままアルバに向かってひと振りする。


無色迷彩インビジブル


 すると、アルバの体が徐々に薄くなり、やがて自分の視界でも分かるぐらい己の体が透き通っていった。


「おぉ!」

「……これなら誰にも気づかれずに戻ることができる。「解除」って言えば元の体に戻れるよ」

「す、すげぇ……ファンタスティックな魔法、すげぇ!」


 確かに、これなら騎士達に見つからず戻ることができる。

 あとはシェリア達と合流してさも当たり前にいたかのように座ってしまえば、そもそも目立つことなく平然といることが可能だ。

 あまりの性能、素晴らしい現状打破。

 アルバは感極まり、思わずリリィの手を握った。


「ありがとう、ほんとありがとう! 超助かった! これならきっと、マジシャンが如くスマートに戻れるに違いない!」

「……約束、ちゃんと守ってね?」

「もちろんだ!」


 早速アルバは立ち上がる。

 こういうのは早いうちにした方がいいのだと、相場が決まっているからだ。


「あ、そうそう。俺が魔獣を倒したってことは黙っといてくれ」

「……いいけど、もったいないよ? 褒められるし、実績も作れるし」

「俺は目立ちたくない主義なんだ。って言うわけで、そんじゃまた!」


 ガサガサ、と。手のひらから感触が消えたあと、リリィの耳に草木を掻き分けるような音が聞こえた。

 恐らく、早速合流しに行ったのだろう。姿が使用者本人にも見えないので、憶測での判断だ。

 取り残された少女。

 同じく腰を上げて、自分にも同じ魔法をかけた。


(……それにしても、優しい人。わざわざ一人で魔獣を倒しに行くなんてよっぽどのお人好し……って、あっ)


 内心で感心した最中。

 リリィは唐突に、ある重要なことを思い出してしまった───


(……そういえば、、大丈夫なのかな?)


 直後、どこからか「解除」という小さな声が聞こえてきた。

 悲しいことに、そのあとすぐに生徒達の集団から一気に悲鳴が上がったのであった。

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