主人公と悪役
主人公———ユリス。
ゲーム開始直後からプレイヤーが動かすキャラクターであり、全てのイベントに関わる存在である。
基本的にプレイヤーが動かすために行動原理やタイプはあまり意識されないのだが、設定上は正義感に溢れ、誰かが悲しむことを激しく嫌う優しい性格の持ち主であった。
加えて、平民出身……指導してくれる人間がいなかったのにもかかわらず、我流で剣術を身に着け、類まれなる戦闘センスを持ち、アルバには劣るもののゲーム終了後にはどのルートを辿っても最強の存在となるポテンシャルをも宿す。
そのため、悪役であるアルバが死ぬ半分以上が主人公によるものだった。
ヒロインを救うために剣を握り、ラスボスとなって立ちはだかった時も心を痛めながらアルバを殺していた。
つまりは、
しかし―――
(……最悪)
アルバは大きく溜め息をついた。
立ち止まったことに激しい後悔を覚えてしまう。
自身の速度は他人の目で追えるものではなく、気になっても立ち止まらなければ相手に視認されなかったはずだ。
だが、立ち止まってしまったことによって完全に目の前の少年―——ユリスに視認されてしまった。
ここで回れ右をするか? そう考えた直後、背後に回し蹴りを放つ。赤黒い液体と肉片が、辺りに散らばった。
「どうして、君がここにいるの?」
視線を動かさないまま、ユリスはアルバに尋ねる。
その最中にユリスは視線を合わせず剣を振るい、横切ろうとした魔獣を一刀両断してみせた。
やはりストーリー通りのステータスなのか、魔獣が単体であれば相手にならないようだ。
「そりゃ、こっちのセリフなんだが? 普通生徒は避難してんだろ」
「本当は僕も避難した方がいいんだろうけど、ミリィ―——僕の幼なじみが少し集団から離れた瞬間にこんなことになってまだ見つけられてないんだ。だから、僕はその子を捜していてね」
ユリスは口にしながらも魔獣を切り捨て続ける。
その発言を聞いて、アルバは考え込み始めた。
(ってことは、今起こっているのは幼なじみルートか……?)
主人公の幼なじみも、本作の
始めのイベントでは幼なじみの少女が集団から離れた瞬間に魔獣の襲撃があり、孤立してしまったところを救うことで好感度が上がる。
今の話を聞く限り、主人公はシェリアやイレイナ、賢者の弟子と合流はせずに幼なじみの下へ向かおうとしている様子。
つまり―――
(現状、幼なじみに関わらないように立ち回れば俺がルートに介入せずに済む。そんで、破滅フラグが立つこともない)
目下、アルバの目的は生徒の中にいるシェリア達に被害が及ばないよう魔獣を殲滅することだ。
そこさえ意識していれば、きっとこれ以上深入りすることはないだろう。
(ただ、懸念があるとすれば……俺が知っているストーリーと少しズレているような気がするってことだな)
それに関しては己が本来の
ある程度致し方ないと考えてはいるが、どこに向かうか怪しくなっている現状に確信は安易に抱かない方がいい気がする。
「それで、君はどうしてここに?」
「ん? あぁ、俺はシェリア達に魔獣が行かないよう倒して回ってるだけだ。おたくとそう理由は変わんないよ」
「……そっか」
アルバは飛び掛かってくる魔獣を殴り潰す。
ユリスもまた、正面から現れた魔獣に剣を横薙ぎに払った。
にしても数が多い。こうして倒しているにもかかわらず、向かってくる魔獣の数が減っていく様子もない。
「その子を捜してるんだったら、このまま西の方向に進んでみろ」
「え?」
「さっき、気のせいかもしれないが……女の子をあっちの方で見かけた気がする」
もちろん、嘘だ。
ゲームをやっていた際に辛うじて覚えていた知識で居場所を口にしているだけ。
だが、そんなことなど露も知らないユリスは瞳を輝かせ、剣を強く握った。
「本当!?」
「あ、あぁ……移動してたりするかもだし、気のせいかもしんないけど」
「いや、それでも充分だよ! ありがとう!」
その瞳に思わずたじろいでしまったが、今のところ自分に破滅フラグが立つ気配はない。
純粋に幼なじみの身を案じているのだろう……今の状況提供だけでここまで喜ばれると、少し罪悪感と申し訳なさが襲い掛かってくる。
(俺が向かった方が早いだろうし、助けられるっていうのはストーリー上そうなんだろうが、身の危険のことを考えると俺が向かった方がいい。けどなぁ……)
アルバの中で葛藤が生まれる。
これ以上関わりたくないという気持ちと、純粋に女の子を助けたい気持ち。
しかし―――
「この恩、絶対に忘れないから! 本当にありがとう、アルバくん!」
アルバが結論を出す前に、ユリスはその場から走り去っていってしまう。
遠ざかる背中、何かを言おうとしてももう届かない距離に向かってしまったユリスを見て、アルバはもう一度大きな溜め息をついた。
「はぁ……何やってんだよ、俺。シェリアの時は何も考えずに手を差し伸べられたんだが」
ここが表舞台でなければ、変に意識することもなかっただろう。
だが、ここは表舞台———どの行為が自分の死に直結するか分からない場所だ。
思考が鈍り、悪役にないはずの正義感が揺らいでしまうのも仕方ないのかもしれない。
「だったらせめて、恩なんか感じないでこれを機に関わらないでほしいんだが、なっ!」
アルバは四方に集まった魔獣に接近して頭を潰す。
血塗られた拳を彩る青白い光が、更にアルバの体へと集まった。
「まぁ、こいつら全部倒せば結果的に全員助けられるだろ」
アルバは拳を握る。
素手でありながらも、強力な武器を携えて。
「さぁ、かかって来いやクソ害獣が。シェリア達には一歩も近づけさせねぇよ」
そして、アルバは目にも止まらぬ速さで魔獣の息の根を止めていく。
結局、この森全ての息の根を止める頃には———アルバの綺麗な制服は、全身真っ赤に染まっていた。
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