初日の騒ぎ

 そもそも、攻略対象ヒロインと主人公にさえ関わらなきゃ死亡フラグって立たなくね?


 今頃になって? と思ってしまうだろうが、ちょっと待ってほしい。

 当初、アルバは学園に通うつもりはなかった。

 表舞台に立てば、ゲームのフラグが近くに転がってしまうなど必然。足を運ぶことさえなければ死ぬこともない。

 だが、今は教皇の脅しとヒロインの笑顔のために表舞台へ立たされる羽目になってしまったのだ。

 ならば、ここからの行動で己の破滅フラグは回避していかなければならない。

 アルバが死ぬのは、あくまでヒロイン達のストーリーの上。

 ヒロインと関わりさえしなければ、ヒロインルートに関わることもない。

 つまりは、ヒロインルートに首を突っ込まなければ死ぬことはないのだ。

 とはいえ、もうすでに二人関わってしまったのだがこればかりは致し方ない。切り替えていこう。


 さて、どうしてアルバは急にこんなことを思い始めたのか?

 それは───


『あいつ……、だよな?』

『死んだんじゃなかったのかよ?』

『最悪、せっかく聖女様とイレイナ様と同じクラスになれたのに。まさか生きてたなんて』


 ───開始早々、すでに正体が露見してしまったからである。


(うん、まぁそうだよなそうですよね)


 ざわざわ、と。仮面を被って登場したからか、教室中の視線がアルバ達に注がれる。

 注目が集まれば、アルバを見る人間も増えるのは当たり前。

 人が多ければ多いほど、髪色を変えたアルバが公爵家のクズ息子だと気づく人間もいるわけで───入学早々、アルバはクズ息子としての認知を広めつつあった。


「やっぱり、こうなったわね」


 教室の隅っこに座るアルバの対面には赤髪の少女。

 頬杖をつきながら、さも他人事のように呟いた。


「おい、どっか行けよイレイナ。一緒にいたら注目浴びるじゃねぇか」

「今更でしょ。本気で思うなら、まずは聖女様と離れることね」

「このあと頑張ってみる」


 今すぐには無理だ。

 何せ、離れた方がよさそうな聖女様は現在、頬を膨らませた状態で───


『なんで、聖女様がクズ息子の膝の上に……』

『まさか、聖女様を脅して?』

『あいつならやりかねないな。マジで最低だわ』


 しかし、あとでなんか言っている暇はないかもしれない。

 こうしている間にも、久しぶりに耳にする理不尽な陰口が広がっていく。


「むぅー……皆してアルの悪口を言ってさいてーですっ!」

「原因の一つはお嬢さんにあるんだけどな? ほれ、早く降りろ」

「人の悪口を言えば、主たる女神が黙っていませんよ!」

「イレイナ、早速助けてもらう時が来たようだ。できればレディーとそつなく会話をこなせる方法とか」

「悪いけど、早速手伝えないことみたい」

「はぁ……」


 話を聞いてくれないシェリアに大きなため息をつくアルバ。

 ふくよかな感触とほのかに香る甘い匂いは確かに至高極楽の一言に尽きるのだが、状況が状況である。

 甘えたがりも程々にしてもらわないと、いつか関係各所から干されそうであった。


「(大丈夫、ヒロインと関わりさえしなければ死ぬことはないし、なんだったら最悪教皇が揉み消してくれる大丈夫……ッ!)」

「何言ってるの?」


 アルバの現在の切実な想いであった。


「もう我慢できませんっ! 私、文句言ってきます!」


 そう言って、女避けのために座っていたシェリアがようやくアルバの膝の上から離れる。

 だがしかし、名残惜しさを感じたり喜んだりするわけにはいくまい。

 ここでシェリアが変なことを言うために首を突っ込めば、さらに悪化することになる。


「まぁ、待てシェリア。俺は別に悪口を言われた程度で気にしない。そういう覚悟を持ってここに来たんだ。言っておくが、これはお前のためでも───」

『こらっ! 人の悪口は言っちゃダメですよ!』

「もういないわよ?」

「Danm it(ちくしょう)!」


 シェリアの行動力は流石の一言であった。


「仕方ない……俺もクラスメイトと交流を図りに行くか」

「行ってらっしゃい」

「……………………」

「……………………」

「……お願いついてきて」

「はぁ……言うと思った」


 公爵令嬢のイレイナがいれば大抵の人間は大人しくなるはず。

 頭に血が上っているであろうシェリアが首を突っ込んでしまった現状を打破するには、決して欠かせないピース。

 だからこそ、アルバは頭を下げてイレイナにお願いをした。少し情けない姿である。


『ですが、聖女様。あなたはあのクズ息子のことを知らないから……』

「それでもダメです! 人の悪口は、巡り巡って自分の元に帰ってきてしまうんですから!」


 いつの間にか反対側の集団まで足を運んだシェリアのところまで行くと、すでにヒートアップしている姿が映る。

 集団にいる人間は多種多様。貴族平民問わず、聖女であるシェリアに萎縮している者、何かを言いたげな者、そして───


『どうして聖女様がクズ息子を擁護するのかは知りませんが、クズはクズでしょう?』


 アルバ達がシェリアの下に辿り着いた瞬間、一人の男が前へ出た。

 貴族だろうか? 後ろには取り巻きだと思われる生徒も何やら堂々と現れる。

 挑発するような笑みを浮かべる男に、先程までシェリアと話していた生徒が慌てた様子で声をかける。


『お、おいっ!』

『いいんだよ、別に。クズ息子が生きていようがいまいが、もうあいつは死んだ身で、どうせ貴族じゃなくなってる。何を言っても、今まで通りにはならないさ』


 アルバが思うままに生きてこられたのも、公爵家の人間だったというのが大きい。

 しかし、今は死んだ者扱いで貴族ではなくなっている。

 確かに、男の言う通り何を言っても反撃されることはないだろう。


「むぅ〜、そういう問題ではないんです! 立場とかじゃなくて、人として───」

「はいはい、シェリアさんストーップ」


 完全に口論になりそうだったシェリアの肩をアルバは掴む。


「アルバっ! 言われて悲しくならないんですか!?」

「まぁまぁ、落ち着けって。俺は気にしないし、事実だから問題ない。そもそも、騒ぎになんかしたくねぇーの、分かる?」


 アルバは目立ちたくない。

 こんなことでヒロインと関わる接点ができてしまうなんて真っ平ごめんだ。

 悪口を言われるだけで回避できるのであれば、悪口なんてどうってことはない。

 本来、シェリアもアルバが目立ちたくないというのは理解しているのだろうが、正体がすでにバレてしまったからこそ吹っ切れてしまったんだろう。

 自分のことを心配してくれるのはありがたいが、それはそれ。

 とにかく、アルバは真っ直ぐな瞳で訴えるようにシェリアの瞳を見据えた。


「分かり、ました……」


 想いが伝わったのか、シェリアが大人しくなる。


「アルバの言いたいことはよく理解できました」

「分かってくれたか」

「つまり、教会総出でこの人を潰せってことですね」

「言ってねぇよ」


 たまに恐ろしい考えを持つからこの子は困る。


「はいはい、落ち着きなさい」


 治まらない現状を見かねたのか、ついてきたイレイナが間に割って入る。

 その姿を見て、周囲の人間は一歩下がった。

 しかし、前に出た生徒は何故か引かず……逆にイレイナに突っかかってくる。


『イレイナ様! どうしてあの者の肩を持つのですか!? 元婚約者のあなたであれば、本来はこちら側のはず……ッ!』

「確かにそうね」

「おい」

「けど、こっちにも複雑な事情とか感情があるのよ。なんだかんだいって幼なじみだし」


 そう言って、イレイナはアルバの耳を引っ張る。

 最近は耳がマイブームなの? そんなことを思ったアルバであった。


「そもそも、こんなこと言われて大人しくなったこいつをさらに刺激してどうすんのよ? やり返されはしないかもしれないけど、今度はあなた達が前のこいつと同じ立場になってるわよ?」


 そう言われ、一斉に周囲が気まづそうな顔を顔を見せ始めた。

 確かに、やられたからと同じことをすれば自分も同じ人間に成り下がる。

 不満はあるが同じ土俵には立ちたくないのだろう。気まづそうな顔が、納得してくれたサインであった。

 しかし───


『……イレイナ様は俺ではなくこいつをッ!』


 目の前の男だけは、さらに憤怒が募っている様子だった。

 それを見て、アルバは首を傾げる。


「(なんかイレイナに執着してるっぽいな、こいつ)」

「(あんたと婚約を解消してから、何度もアプローチをかけてきた男だからでしょ)」

「(なる、男の可愛い嫉妬か)」

「(多分そうね。これも全部あんたのせい)」

「(お嬢さん、あとで土下座するからかかとで踏まないで)」


 小声で教えてもらい、かかとから走る痛みを感じながらも納得するアルバ。

 その時だった───アルバの胸にのは。

 はて、誰か投げてきたのだろうか? 疑問に思い、拾い上げて視線を前に向ける。

 すると―――


『……おい、アルバ! 俺と決闘しろ!』

「なんで?」


 目の前にいた男が、唐突にそんなことを言い始めたのであった。

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