学園初日

 なんだかんだ時が経つのは早いもので、王都にやって来てから一週間が過ぎてしまった。

 一週間と言えば、学園が新入生を迎え入れる時期。

 アルバ達の、入学初日である―――


「シェリア、どっちがいいと思う?」

「…………」

「俺的には黒とか憧れるわけよ。ただル〇ーシュ感が強いかなーって思うから白もちょっと考えてて」


 学園の門の近くで。

 茂みに隠れながら、アルバは考え事をしていた。

 手には色違いのお面が二つ。シェリアは、真剣に悩んでいるアルバを見て瞳から色を失わせていた。


「……どっちもなしです」

「どうして!?」


 何故、アルバがお面を持っているのか? 

 それは至極単純な話———お面付けときゃバレないんじゃね? というものであった。

 しかし、シェリア的にはお面はどうやら不服なようで。


「お面つけて学園に通うなんておかしい人だって言ってるようなものです」

「おかしい人」

「信徒さんがよく口にするイタイ人っていうやつです」

「イタイ人」


 信徒さん口悪いな、と思ったアルバであった。


「もうっ! そんなことしてないで早く学園に入りましょう! クラス分けとか確認して早く教室に入らなきゃいけないんですから!」

「ちょ、シェリアさん!? 首根っこ掴まないで俺っちまだ心の準備が……ッ!」


 茂みから飛び出し、アルバの首根っこを掴んで門の中へ入っていくシェリア。

 当然、女の子に引き摺られながら登校する生徒なんているわけもない。

 さらには、世に数人しかいない聖女が引き摺っているのだ……もちろん、一気に注目が集まってしまう。


『ねぇ、聖女様よ!』

『お可愛い……お近づきになれるかしら?』

『待て、聖女様が引き摺っている人って……いや、嘘だろ!?』


 ざわざわ。明らかに目立つ登場の仕方に入学する生徒だけでなく、すでに在籍している生徒を含めてざわつき始める。

 急いで仮面をつけなきゃ。そう思ったが、着けようとした瞬間にシェリアから鋭い眼光を頂戴してしまったため、なくなくやめるアルバ。


(本当のアルバくんも、こんな感じで目立ってたのかなぁ?)


 少なくとも、引き摺られての登場はしていないはず。

 本来のストーリーよりも目立っているだろうというのは、想像に難くない。

 そうさめざめと泣き始めた時だった―――


「久しぶりね、アルバ」


 背後から聞いたことのある声が聞こえる。

 引き摺られながら視線を向ければ、そこには赤髪を靡かせる少女が気品あふれる佇まいで視界に映った。


「(アル、大変です。また誤魔化さなきゃいけない事態に突入してしまいました……っ!)」

「(うん、お嬢さん。そこに危機感を覚える前に聖女に引き摺られる野郎の構図に着目しようか)」


 まずは注目されている現状に警戒してほしかったと、アルバは思った。


「いいよ、どうせこいつにはもうバレてるんだし」

「ふぇっ? そうなんですか?」

「そうそう」


 シェリアが可愛らしく首を傾げる。

 そういえば言っていなかったなと、今更ながらに気がついた。


「あんた、なんでそんな登場の仕方してんのよ? わざわざ注目されたいわけ?」

「されたくてなっているように見えるなら、俺の性格って幸せだよね」


 シェリアの手を叩いて、首根っこを離してもらえるよう促す。

 状況を上手く吞み込めていないシェリアは二人を交互に見るが、やがて大人しく首根っこを離すことにした。

 首に若干の痛みが残る中、アルバはゆっくりと立ち上がる。


「そ、それでアルバ……この人は?」

「あぁ、俺の元幼なじみ兼元婚約者」

「婚約者!?」


 シェリアが唐突にアルバの胸倉を掴む。

 せっかく離してくれたのに、と。アルバは掴まれた瞬間げっそりとした。


「こ、こここここここ婚約者がいるってどういうことですか!? ア、アルバはもう売約済みだったってことですか!? リセールはあるんですか!?」

「お、お嬢さん、揺さぶらないで……売約済みって言うよりかは中古だから、中古」

「ちゅ、中古ですか……よかったです。あ、私は新品にこだわらないですからね!」

「俺も中古でいいと思う。新品は色々と高いんだ」


 噛み合っているようで噛み合っていない会話。

 それを横で聞いていたイレイナは、アルバの横に行くと徐に耳を引っ張り始めた。


「いででででっ!」

「この前はご挨拶ができず申し訳ございません。イレイナ・ペルシアと申します」

「ご丁寧に、ありがとうございます。シェリア・マーガレットです」

「待って、自己紹介するなら俺の耳を引っ張る意味なくね?」


 何かと私怨を感じるアルバであった。


「聖女様、こいつの正体を隠したいのであれば、あまり目立たない方がよろしいかと。やはり、この悪名は社交界ではかなり有名ですので」

「あ、そうですよねっ! 気をつけます」

「(……まぁ、聖女様と一緒にいる時点で目立つのは確定だけど)」

「ふぇっ? 何かおっしゃいましたか?」


 身も蓋もないこと言いやがった。

 ちゃんと聞こえたアルバは耳を引っ張るイレイナにジト目を向ける。


「んで、イレイナはどうしてここにいるんだよ? いっつも取り巻きさんいなかった?」

「取り巻きって言わないでちょうだい、友人よ。それに、あんたの前に出したら確実に騒がれるでしょ」

「確かに」


 中身のアルバは取り巻きの顔を見たことはないが、向こうはイレイナの婚約者ということもあって何度も顔を見ているだろう。

 顔を合わせればイレイナの時同様、即座にバレてしまう恐れがある。


「本当は影から見守りたかったんだけど、あんたが初日から注目されるようなことをしてるから忠告しに来たの」

「いや待て、俺は別にしたくてしたわけじゃない。ほらっ! こうやって顔を隠すお面も用意して―――」

「イタイ人にしかならないからやめなさい」

「イタイ人」


 そんなにダメなのだろうか? 少し気に入っていたアルバはショックを受ける。


「とにかく、あんたが公爵家のアルバだってバレたくないなら、これからの学園生活は大人しくしときなさい。それだけよ」


 そう言い残し、イレイナはその場から離れていってしまった。

 俺だってそのつもりなのに。アルバは遠ざかっていく背中を見て小さく呟く。


「……やっぱり、私もアルバのためにお面をつけた方がいいのでしょうか?」

「……うーん、とりあえず一緒につけてみる?」


 そうしましょう、と。二人してお面をつけ始める。

 無論、教室に向かう間に目立ってしまったのは言わずもがなであった。

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