イレイナという幼なじみ

 拝啓、シェリア様。

 いかがお過ごしでしょうか? 各地を転々としていた聖女であれば、王都という新しい環境も珍しくはないのかもしれません。

 あなた様はご存知ないでしょうが、現代ジャパン生まれのわたくしめにはどこに行っても新鮮さが襲い掛かります。

 久しぶりの聖女としてのお仕事、どうか無理なさらずよう頑張ってください。

 わたくしですか? わたくしは───


「さぁ、吐けアルバ」


 ───元気ではございません。

 果たして、無事新居に帰ることができるでしょうか?


「…………」


 という出だしが勝手に脳内再生されたアルバは現在、とあるお屋敷へとやって来ていた。

 王都の隅にあるだだっ広い敷地に堂々と構える屋敷は豪華絢爛。流石は悪役キャラクターであるアルバと同じ公爵家、別荘にしても大きいの一言である。

 馬車の一件を現れたイレイナが収束させ、令嬢からお礼だけ受け取り連行されたアルバは現在この屋敷の一室へとやって来ていた。

 そして───


「……すいません、お話の前にこの全身に巻かれてある縄を解いてくれませんでしょうか?」

「ダメよ」


 ───ロープで縛られていた。

 正確に言うと、ロープで雁字搦めにされたまま床に投げ捨てられていた。


「こうでもしないと、あんた逃げちゃうじゃない」

「……しくしく」


 捕虜でももう少しまともな待遇をしてくれるというのに、本当にアルバにだけ厳しい世界である。

 早くジャパンへ帰りたい。


「それで、ここまで来たからには話してもらうわよ。死んだはずのあんたがどうしてここにいるのか?」

「ここまで来たって言うよりかは連れてこられたっていうか……」

「あ゛?」

「いえす、なんでもありません」


 アルバを見下ろすような形で、椅子に座るイレイナが視線を向ける。

 流石の逃げ上手アルバくんでも、全身を縛られてしまえば逃げることも不可能。

 諦めを含んだため息を吐き、ゆっくりと口を開いた。


「これには深い事情があってだな」

「逆に深くなかったら殺すわ」


 こんなに攻略対象ヒロインは過激な子だっただろうか?

 アルバは自分の記憶を疑い始めた。


「……実は俺、あのまま学園に入ってたら殺されるんだ」


 アルバは思考を巡らせる。

 いかに転生したという事実を口にせず、目の前の美少女を納得させられるかを。

 本当は「転生してストーリー知ってて!」なんて言えればいいのだが、荒唐無稽なお話を口にして「浅い」と判断されてしまえばお終いだ。命が。

 故に、いかにそれっぽく真実を含ませながら発言するかがポイント。

 学園が始まっていないのに、アルバに向け発生した破滅フラグが今ここにッッッ!!!


「どうして?」

「ほら、俺って結構関係各所に恨まれてるだろ?」

「私を含めてね」


 本当に殺されないか心配になってきた。


「あのまま公爵家にいれば学園に入らせられるのは必須。学園に入れば十全な警護もない。だから俺は公爵家を抜け出して一人で生きてたんだ」

「……珍しい。あんたがそんなこと考えるなんて。いつもなら外聞気にせず好き放題やってたじゃない」

「人は誰だっていつかは見たくもない現実を直視する羽目になる」


 アルバの場合は転生したことによって無理矢理他人の現実を見る必要になったのだが、それは口にするまい。

 戯れ言と切り捨てられて終わりだ。


「じゃあ、なんで死んだことになってんのよ? 普通は行方不明とかで処理するもんじゃないの?」

「まぁ、俺は身内にも嫌われてたからな。この際死んだことにして汚点を取り除きたかったんじゃないか?」

「……何よそれ」


 ギリッ、と。イレイナが歯を軋ませる。

 袋のネズミ状態のアルバは思わず覚えてしまった。


「はぁ……次の質問。今度は聖女様と一緒にいた理由を教えてもらおうかしら」

「聖女助けた、なんか命狙われて疲れていたみたいだから休む場所提供した、懐かれた、以上」

「聖騎士見習いっていうのは?」

「シェリア溺愛教皇がシェリア泣かせるなって言った、学園に通わなきゃ殺すって言われた、偽名と立場を勝手に作られた、以上」

「ふぅーん……」


 思いのほか納得してくれたのか、イレイナは足を組んだ状態で何やら考え込む。

 その様子に、ひっそりと安堵の息を漏らした。


「あ、あのー……事情はお話しましたし、帰らせていただいてもいいでしょうか? お家には、腹を空かせて待っている美少女がいるんで───」

「いいわけないでしょ?」


 イレイナは椅子から立ち上がり、アルバの前にしゃがみ込む。

 眼前に美少女の端麗な顔立ちが迫る。そのことに、思わず胸を高鳴らせていると……


「痛いっ! 痛いっす先輩! 頭から「ポキポキ」って聞こえちゃいけないような音がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「あんた、私がどんな気持ちになったか分かってんの?」

「さ、さいこー?」

「一応、これでもあんたの幼なじみなの。それで、婚約者でもあったわ。といっても、あんたが死んだことになって婚約も解消されたけどね」


 当然だ、貴族の令嬢がいつまでも死んだ人間と婚約を残すわけにはいかない。

 アルバが死んだことで婚約は破棄。絶賛彼氏募集中の状態となった。

 それはアルバも理解しており───


「よかったっすね! こんなクズと婚約が破棄できてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

「いいわけないでしょ、コラ。あんたと婚約を解消してどれだけ私が婚約を迫られたと思ってんの? あぁ、言っておくけど現在進行形ね?」


 なんでこいつ喜ばないんだ? こめかみに走る痛みを感じながら、アルバは思う。

 イレイナも、ストーリーではアルバを恨んでいた人間の一人だ。

 婚約者だというのにアルバが別の女の子と遊びまくり、社交界で「クズに見向きもされない女」と噂され、ぞんざいどころか酷い扱いを受けてきた。

 本来であれば、アルバとの婚約破棄はイレイナとしても嬉しいはず。

 なのに、今の言い方だと嬉しくないように聞こえた。


「……私は別に、あんたとの婚約が嫌だったわけじゃないわよ」

「え?」

「何年の付き合いだと思ってるの? そりゃ、愛着も愛情も湧くわ。恨んでいない……って言ったら嘘になるし、あんたが死んだって聞いた時は実際に喜んだわ」


 でも、と。

 イレイナはこめかみから手を離した。

 視界が晴れたその先。眼前に映っていたはずの美少女の顔が、何故か曇っていた。


「少しして、涙が止まらなくなったのよ。夢に何度もあんたが出てきて、一緒に過ごしてきた時の記憶が離れられなくて……あぁ、なんだかんだ言っても嫌いじゃなかったんだって」

「……………………」

「ふぅ……ま、三年経っても相手が決められないのがその証拠ね。信じられないかもしれないでしょうけど」


 信じられない……そう言いたかった。

 しかし、目の前で見せるイレイナの悲しそうな顔が、アルバには嘘に見えなかった。


(嘘だろ……?)


 嫌われていると思っていたはずなのに。

 実際問題、ストーリーではかなり冷たい態度を見せていたはず。

 死んだことになったからストーリーが変わった? それとも、そういう裏事情が元からあったのか?

 記憶と現実の混乱が、アルバの脳に理解を与えなかった。


「……言っておくけど、あんたの言う通りアルバを恨んでいる人間はいっぱいいるわ」


 立ち上がり、目元を脱ぐう動作を見せる。


「髪の色変えただけじゃすぐバレるし、どっちにしろ肩身の狭い学園生活を送るでしょうね」

「……だよなぁ」

「自業自得よ」


 中身のアルバにとっては決して自業自得ではないのだが、何を言っても意味がない。

 今のアルバは悪役キャラクターのアルバで、これから起こることは全て自分のことになるのだ。

 アルバは縛られたまま、げっそりとした表情を浮かべる。

 すると───


「何かあったら、私に言ってきなさい」

「……へ?」

「手伝える範囲で、手伝ってあげる」


 イレイナはそんなことを言い始めた。

 どうして? 嫌っていなかったとしても恨みはあるはずで、赤の他人となった自分を助けてくれる義理なんてないのに。


「なんで……?」

「そうね、素直に言ってくれたからっていうのもあるけど───」


 イレイナは小さく笑みを零す。


「あのクズ息子が見返り求めず誰かを助けた……っていうのが、意外と嬉しかったんだと思うわ」


 アルバは思った。

 なんでこんないい子をこいつは虐げてきたのかと。


(……そりゃ、断罪されるわけだ)


 なんとも言いようのない感情が胸に押し寄せてくる。

 結局、この日は何をされるわけもなくイレイナと解散することになった。

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