悪役と聖女
次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ
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アルバが家から逃げ出したのは二年前。
現状の把握、及びある程度の宝石やお金をくすねるまでに一年を費やし、皆が寝ている間に屋敷から飛び出した。
公爵家の令息が勝手にいなくなって大丈夫なのか? そう疑問に思われるだろうが、よくも悪くもそこは問題はなかった。
何せよっぽど嫌われていたのか、アルバがいなくなっても捜索願が出されることもなく少し経てば死亡した扱いとなっていたのだ。
まぁ、アルバとてそんな空気は屋敷にいた頃から感じており、だからこそ「いや、これ巻き返しって無理じゃね?」と屋敷を飛び出したのだが。
もちろん悪い意味で有名なアルバが遠く離れた地に行ったとしても、歩けば気づかれる可能性がある。元の日本人離れした金の髪を魔道具で白髪に染め、誰も手を付けていなかった山小屋を買い、誰の目も届かない自給自足の生活を送ることを選ぶ。
そして、ある程度落ち着いた半年後。
アルバは、ついにヒロインと出会うこととなる―――
『聖女様、どうかお逃げを……ギャッ!?』
ばたりと、一人の騎士がその場で地に伏せる。
辺鄙なただの街道。道は開けており、視界も良好。綺麗に整備されていることから、多くの人間が使う道だというのが分かる。
にもかかわらず、道を歩くどころか休んでいる人間の姿さえ見えない。
あるのは一台の馬車と、顔まで覆う黒装束の人間、馬車に残る修道服を着た少女と―――いくつもの骸。
今この瞬間、骸がもう一つ増えてしまった。
そのことに反応を示すのは……金の装飾をあしらった修道服を着る少女のみ。
「い、いやっ……」
世界から聖女と呼ばれる少女……シェリアは、いくつもの骸を見て怯えた瞳を向ける。
これで何回目だろうか? ただ巡礼をしているだけで、こうも命を狙われる。
とはいえ、その理由も分かりやすく単純明快なものだ。
世界的に信仰されている宗教で教皇の次に影響力のある聖女。
そんな人間は、国に滞在するだけで他国への影響力が凄まじく、どの国も聖女をほしがり抱えようとする。
たとえそれが非道徳な手段であっても、強制であってもなんでも。
シェリアは、色々な国から狙われていた。
何度も何度も、巡礼で各地を回らなければならないという状況で、息をつく間もなく多くの刺客が送られてくる。
今回も、正しく今までと同じ。シェリアの身を確保しようとする輩が現れただけ。
(どうして、私が……)
この時、シェリアはまだ十三歳だ。
特段精神が太いわけでも、大人だったわけもない、まだ子供とも呼べる年齢。
そんな女の子が何度も命を狙われてしまえば疲弊する。
対抗しようにも、女神から賜った力以外に何一つとして持ち合わせていない。
もう嫌だ。
シェリアは馬車に近づいて来る刺客を見て、涙腺が崩壊する。
その時だった―――
「あんまり女の子をいじめてんじゃねぇよ、下郎が」
ズンッッッ!!! 近づいて来る刺客の一人が真横へ吹き飛んだ。
何が起こったのか? 刺客だけでなく、シェリアですら疑問を隠し切れなかった。
しかし、そんな疑問を無視するかのように一人の少年がシェリアの前へ姿を現す。
同い歳ぐらいの顔立ち、短く切り揃えた白髪。
どこから現れたのか―――シェリアの疑問は募るばかり。
新手の刺客か、とも思った。だが、振り返り向けられた表情は狙って現れたような感じはしなくて。
「あれ? どっかで見たような顔……ハッ! も、もしやヒロインの一人じゃね!? っていうか間違いないでしょこんな服とこんな美少女ッッッ!!!」
少年は現れてすぐに頭を抱え始める。
「うっそーん……攻略対象とは関わらないようにしてたっていうのに。あれか? 世界は俺を見捨てませんってありがた迷惑な正義感でも持ち合わせているわけ?」
―――本来、『クリアナ・ファンタジー』は学園に通うところからスタートする。
故に、主人公やヒロイン達が学園に入学する前のストーリーは何一つとして描写されていない。
シェリアは知らない。この世界がゲームの世界であることを。そして、ゲームに参加できたということはこの局面も何かしらの理由で生き残れることを。
一方で、少年も知らなかった。通りがかった道でヒロインが危機に瀕していることを。ここで少女を助ければ攻略対象と関わってしまうことを。
しかし、もう時すでに遅し。
少年は大きなため息を吐いて、拳を握る。
「……まぁ、関わってしまったものは仕方ない。とっとと話を進めよう」
刺客は何も言わずに前へ出る。
少年を間違いなく敵だと認識したのだろう。一斉に、全員が全員武器を片手に少年へ突貫する。
だが、直後。バヂィッッッ!!! と、何か弾けるような光と音を残した瞬間、刺客の一人の首がへし折られる。
まるで、骨の耐久値以上の何かが首に直撃したかのような―――
「速いだろ? こっちとら、ただただ家出したわけじゃないんだぜ?」
少年がへし折られた刺客の目の前で足を振り抜いている。
残った刺客が一瞬驚いたような顔を見せるが、すぐさま一人が腹部を蹴られて吹き飛ばされていく。
一人、二人、三人……ついに、数十秒という時間だけで刺客が全員倒されてしまった。
「…………ぇ?」
何が起こったのか、シェリアは分からなかった。
だけど、護衛の騎士が殺られるぐらいの実力を持った刺客がいとも簡単に倒された。
その事実に驚かれずにはいられない。
そして、少年はそんなシェリアにゆっくりと近づいて来る。
「大丈夫か……って、大丈夫じゃねぇか。ごめん、お仲間さんを助けられなくて」
バツが悪そうに、少年は頭を掻く。
自分を襲う気がないというのは、この仕草だけでよく分かった。
だからこそ、緊張の糸が切れたかのようにシェリアの瞳から涙が零れる。
「もぅ、嫌です……」
目の前で人が死んで、自分の体が狙われて。
何度も何度も、同じことを繰り返して。
今まで堪えていた気持ちが一気に崩壊する。
当たり前だ、聖女という身であってもただの少女であることには変わりないのだ。
ここまで耐えられただけでも、充分に凄いこと。
「何も、したくない……怖い思いは、もう嫌です……っ」
―――シェリアは知らない。
この先、主人公と呼ばれる少年が現れて自分のことを救ってくれることなど。
あと数年後まで心を保てば、こんな想いなどしなくて済むことを。
代わりに知っているのは、助けてくれたのは白髪の少年で。
自分はこれからまた狙われるのだろうということだ。
「あー……すまん、そっちの事情とかよく分かんねぇけど」
少年はシェリアの頭を優しく撫でる。
「……うち、来るか?」
「ふぇっ?」
「あ、いやっ! やましい意味で言ったわけじゃねぇよ!? っていうか、ナニができる歳でもないし、今の俺もあんたも! ただ、さ」
慌てたかと思えば、少年は少し困ったような笑みを浮かべる。
それは何故か……弱ったシェリアの心に沁み込む温かさを含んだものであった。
「頑張った人間は休んでもいいんだと思うんだよね。泣くまで頑張るより、泣き止んで笑いながら頑張った方が……なんていうか、君に似合いそうな気がするよ―――」
結局、シェリアは少年の言葉に甘えた。
教会に理由を話し、しばらくお役目を休むと伝えて少年の山小屋に転がり込んだ。
助けてくれた少年がアルバという嫌われ者だということは後に知った。
しかし、シェリアには関係ない―――この時、助けてくれた人間が彼でよかった。なんて思うぐらいには、もうすでに惹かれてしまっているのだから。
主人公でもない、悪役に。
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