脇役と攻略対象と悪役
早速家に招待されたミナは少し緊張していた。
美味しそうな料理が並ぶテーブルに座らされ、見慣れない空間に身を置く。
その対面には、あの公爵家のご令嬢。貴族が集まるパーティーや淑女の嗜みである茶会で何度か顔を見かけたことのある高根の花。
商人から貴族となった男爵家の人間からしてみれば、生粋の貴族である公爵家のイレイナをこうして間近で見るなど恐れ多いに等しい。
「あ、あの……アルくん」
「ん? どうした? あ、もしかして嫌いな料理とかが……」
「ううん、そうじゃないの! ただ、さ」
加えて―――
「どうして、聖女様がアルくんの膝の上に乗っているの……?」
かの世界的宗教の象徴。この世の大半の人間が崇める触れられない人間。
その少女が、何故か開始早々に仲良くなった男の子の膝の上に乗っているのだ。
食べ難くないの? そんな疑問が頭に過り、まさかの出だしに戸惑うばかりだ。
「いや、なんか今日はここがいいらしくてさ」
戸惑うミナの気も知らず、アルバは手慣れた様子でシェリアの頭を撫でる。
一方で、戸惑いの原因たる少女は柔らかい笑みを浮かべて胸に手を当てた。
「初めまして、シェリアと申します。アルのお友達ということで、是非仲良くしていただけたら嬉しいです」
「こ、こちらこそっ! よろしくお願いしますっ!」
慌てて頭を下げたミナは知らない。
この「よろしくお願いします」の裏に多分な牽制が含まれていることを。
そして、それは好意を向けられているアルバも気づかず、唯一気づいた者は―――
(はぁ……意外と独占欲が強いのね、聖女様は)
これじゃあ公爵家で抱えることが難しそうだと、内心で嘆息ついた。
しかし、これでよかったのかもしれないと思ってしまった自分もいる。
この機会にアルバと距離を取ろう。そうすれば、今までのことは忘れるはずだから、と。
(……いや、家に来ている時点でアウトでしょ)
複雑な想いを抱くイレイナ。
その様子に気がついたミナは、少しだけ気まずそうな表情を浮かべた。
(や、やっぱり二人って仲良くないのかな……?)
男爵家の令嬢とはいえ、アルバとイレイナの関係ぐらいは知っている。
その裏にあった背景も噂程度には知っており、こうして同じ空間で横に座っている構図は当初信じられないものだ。
「Hey、イレイナちゃん♪ 浮かない顔してどうし―――」
「あんたのせいでしょうが」
「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇこめかみがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!???」
この勢いよくこめかみを握られている現状も、信じ難いものであった。
「あ、ごめんなさいね。多分顔を合わせたことがあるとは思うけど、イレイナよ」
「は、はいっ! ミナと申しますっ! この度はこんな席を設けていただきありがとうございます!」
「そんなに堅くならないでちょうだい。あんまり畏まられるのって好きじゃないの」
「はぁ……」
「私もっ! 私も堅苦しいのは苦手なので、フランクに接していただけると嬉しいです!」
「う、うん……頑張ってみる、ね?」
中々どうしてこんなにも接しやすい人なのだろうか? ただ、接しやすいが男爵家の令嬢にとってありがたいものかどうかは少しだけ違う話。想像していた人物像と違うことに、ミナは苦笑いを浮かべてしまった。
「そういえばイレイナさんも、崩してもらって大丈夫ですよ? アルバと同じ感じで大丈夫です!」
「そう? なら、このままでやらせてもらうわ」
「お嬢! 俺に至ってはもう少し労わっていただけると―――」
「え? もう少し強くしろって?」
「いぃぃぃぃぃぃぃぃち文字も合ってなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
激しいアイアンクローに、アルバの絶叫が木霊する。
本当に仲がいいんだなと、蚊帳の外に入りかけそうなミナは素直に思った。
(それにしても)
ミナは料理には手を付けず、出された紅茶を啜る。
(……この子が聖女様か)
視線が少しだけ目の前の少女に注がれる。
それを感じ取ったのか、膝の上に乗っているシェリアは小さく首を傾げた。
「あの、どうかされましたか?」
「う、ううんっ! なんでもないよ!」
「そうですか……てっきり、料理を早く食べたいのかと」
「そ、そうだね。確かにこんな美味しそうな料理を前にしたらお腹空いちゃうかな」
目の前に並んでいる料理はどれも美味しそうなものばかりだ。
自分が作ってきたあの弁当よりも何倍も上手で、見ているだけではしたなく涎が出てしまいそうなもの。
咄嗟に出てきた言葉とはいえ、あながち嘘というわけでもない。
「いつつ……そう言ってもらえたら作ったかいがあるな」
ようやくイレイナから解放されたアルバが、少し嬉しそうな顔を見せる。
「えっ!? これ、アルくんが作ったの!?」
「おう! この歳で一人暮らしを強いられた俺には必要なスキルだったからな!」
「ちなみに私はお料理ができませんっ!」
「そうだ! 一緒に暮らしていたはずなのに何故か俺が毎日料理当番だった!」
「えっへん、です!」
「おいコラ、胸を張るのは俺の役目なんだけどありがとうご馳走様!」
可愛らしく胸を張るシェリアを上から見下ろすポジションにいるアルバ。
ご馳走様がどういう意味なのか、もしかすれば思春期の男の子であればお分かりいただけたかもしれない。
「っていうわけで、じゃんじゃん食べてくれ。今日はミナのために作ったんだ」
「あら、私は?」
「実はこめかみがまだ痛くて―――」
「いただきます」
「聞けよ」
アルバのツッコミを無視して食べ始めるイレイナ。
一口頬張った瞬間に少し驚いたような顔をしたのは、きっとアルバの作った料理が美味しかったからだろう。
釣られるようにして、シェリアもアルバの膝の上に乗った状態でフォークを手に取り、そのまま美味しそうに食べ始めた。途中から「あーん、です♪」などとし始めたのには、少し驚いてしまったが。
(聖女様は、アルくんと思った以上に仲がいい)
そんな驚きを顔には出さず、ミナは「いただきます」と一口頬張る。
(……困ったなぁ)
どうして? なんてことは言わない。
当たり前の話だが、口にしていない人の心を読み取ることなんて世の誰もできないのだから。
「んっ、美味しい!」
「ははっ、そりゃよかった」
だからこそ、アルバは美味しそうに瞳を輝かせたミナについ口元が緩んでしまったのであった。
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