初めのイベント
校外学習のイベントで起こるルートは計四つ。
聖女であるシェリアと合流し、これから魔獣に襲われる生徒の救出と治療をすること。
公爵令嬢であるイレイナと合流し、共に生徒を避難させながら魔獣を討伐させること。
賢者の弟子である少女と合流し、魔法に関心がある少女の前で力を示すこと。
主人公の幼なじみである少女が襲われそうになっているところに駆けつけること。
同時に発生するこれらのどこに参加するかによって、攻略しようとするヒロインの好感度が上がり、これこそプレイヤー側が最初に行う選択となる。
だがしかし、アルバは現在進行形でシェリアとイレイナと関わってしまっているために前者二つのルートに入ってしまう可能性は高い。
後者二つに関しては、関わらなければ好感度も上がることはないだろうが───
(……さて、どうするべきか)
今更ながらにこんな大事なことを思い出したアルバは思考する。
現在、他の生徒に紛れて上級生の指示に従いながらアルバ達は避難していた。
(これから起こるのは、先生ですら対処できないほどの魔獣が現れて生徒達が襲われるというシチュエーション。恐らく、人のいいシェリアはそうなると率先して誰かを助けようとするし、正義感の強いイレイナは生徒の前に立って魔獣と相対するだろう)
本当にどのヒロインとも関わらず破滅フラグを立てまいとするのであれば、このまま流れに任せて避難する方が懸命だ。
ストーリーでクズだったアルバも、率先して我先にと逃げていた。なんなら、幼なじみのイレイナを魔獣に押し付けていたりした。
とはいえ、今そんなことをしてしまえば破滅フラグが立ってしまうのは必然。
(あー、くそっ! なんでこんな大事なイベントを忘れていたんだ俺は……ッ! ミナと出会って浮かれすぎていた! もう早速死亡フラグじゃん神様の馬鹿ァ!!!)
すぐにロープを解いてもらったアルバは思わず頭を掻き毟る。
その様子を、心配そうにシェリアが覗き込んできた。
「大丈夫ですか、アルバ……?」
「あ、あぁ……大丈夫だ」
「何やら大事になっていますし、お気持ちは分かります……アルバがお強いのは分かってますが、何かあれば私が治しますので大丈夫ですよっ!」
シェリアは胸の前で拳を握ってみせる。
恐らく、不安がっていると思ったアルバを安心させようとしているのだろう。己も不安な気持ちになっているはずなのに。
それが少し嬉しくて、アルバは自然にシェリアの頭を撫でた。
「大丈夫だ、別にそこの心配はしてねぇよ。今更魔獣に負けるとは思えんし」
ただ、と。
(このまま進めば、間違いなく生徒が危険に晒される……その中には、もちろんシェリアも含まれている)
このゲームがストーリー通り進んでいくのなら、シェリアだけでなくイレイナも無事に状況を乗り切れるだろう。
しかし、危険な目に遭うのは変わらない事実。
(ふぅ……仕方ない)
アルバは流れる逃げ道で一人足を止めた。
「アルバ、これからどうする……って」
「どうかしたんですか、アル?」
足を止めたことによって、イレイナとシェリアが首を傾げる。
こんな早く逃げなければならない状況だというのに、どうして足を止めるのか? 不思議に思っていると、アルバは唐突に小さく笑った。
「悪い、シェリア。ちょっと我慢できねぇわ」
アルバの体が一瞬にして青白い光を纏う。
「アル?」
「ちょ!? あんた、何して……!」
「お前らが傷つくかもっていうのは、どうしても俺は堪え切れん」
きっと、利口で先のことを考えるのであれば、このまま流れに身を任せて避難をすればいいのだろう。
だが、親しい者が危ない目に遭うと考えてしまえば……自然と足が止まってしまった。
そもそも、
だったら、やるべきことは一つだ。
「……分かり、ました。行ってらっしゃいです」
「何が!? いいから、足を止めないでさっさと───」
コクン、と。声を荒らげるイレイナを無視して、シェリアは小さく頷く。
そして、優しくも柔らかい笑みを浮かべた。
「怪我しても、私がちゃんと治してあげますからね」
「おう、頼むわ」
わけも分からないイレイナ。
しかし、イレイナの疑問は完全に無視されるような形で……アルバは瞬きの間に姿を消してしまった。
その場には静寂と、青白い光だけが残る。
「き、消えた? あいつ、まさか……ッ!?」
「ふふっ、アルは本当に優しいですね」
二人の声は、もうアルバには届かない。
だが、それでもシェリアは言葉を続ける───
「……ほんと、相変わらずかっこいい人です」
その時のシェリアの顔は、ほんのりと赤く染っていた。
♦️♦️♦️
ストーリーでは謎の魔獣の集団が森の奥から現れ、生徒の姿を見つけた瞬間に続々と襲いかかってくるというものであった。
時間が経てば経つほど多くの魔獣が姿を現し、教師ですら手に負えない事態となる。
とはいえ、魔獣の姿はゲーム初期段階の主人公ですら倒せるほどだ。個々の力は、それほど強くない。
『早く下がりなさい! これは授業ではありません!』
『しかし、なんで魔獣がこんなにもここへ……ッ!』
『まずは生徒の安全が先です! 絶対にここを通してはなりませんよ!』
先頭では、何人かの教師が前に出て戦っていた。
魔法を放ち、剣を振るい、必死に魔獣が自分達の後ろへ行かないよう堰き止めている。
とはいえ、数が数だ───押し切られるのも時間の問題だと言うのは一目で分かった。
しかし、その拮抗もすぐに破れる───
「シェリア達がいるところに行かせるわけがねぇだろ、阿呆が」
───それは、悪い方ではなく好転する方へと。
『な、何が……ッ!?』
教師の目には、ただただ青白い光が通り過ぎただけに見えた。
その光が自分達の生徒のものであるなど、決闘を見ていない教師が知る由もない。
(数を減らせば、教師でも対抗できる……)
アルバは拳や蹴りを放ちながら、着々と奥へと進んでいく。
教師に合流する必要もない。できるだけ多くを早急に倒せるよう、誰よりも先に進めばいい。
今の自分なら、個として誰よりも完成されているのだから。
「数が多い戦いって苦手なんだけど、な……ッ!」
剣や槍など持たなくてもいい。
ただ拳を振るうだけで、音速をも越える速さによって多分に強化された力が頭を吹き飛ばしてくれる。
だから、絶えず気を抜かず……拳を思うまま握ればいい。
そうすれば、イベントは誰の目にも留まることなく終わらせることができるから。
そして、しばらく拳を振るっていた───
「……ぁ?」
……その時。
アルバの手と足が思わず止まる。
その行為が失敗だったと気がつくのには、少し時間がかかった。
何故? そんなの決まっている───
「あれ、君は……確かアルバくん、だったよね……?」
進んだ先の森の中。
そこに、一人の少年が血塗られた剣を握って立っていた。
「なん、で……
その少年は、酷くゲームの主人公に似ているのであった。
「これ、失敗しそうな流れな気がするんだけど、私のせいじゃないですよね?」
「…………」
「……絶対に、あの子だけは返してもらうから」
そう言って、銀髪の少女は一つ睨みを残してその場から立ち去った。
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