校外学習

 ゲームが開始されて初めて行われるイベントは、入学した生徒全員を対象にした校外学習だ。

 学園から少し離れた森へ赴き、まず魔獣に相対することで世の危険を身を持って味わってもらうというもの。

『クリアナ・ファンタジー』では、このイベントでヒロインと交流を深め、それぞれに発生するイベントをクリアすることで好きなように好感度を上げられる。

 逆に言えば、このイベントでヒロインとさえ関わらなければ好感度なんて上がることはないのだ。

 ただ、すでに二人も関わってしまっているのは少し悲しい話にはなるのだが―――


「シェリアさん、聞いてよ。俺っち友達ができたんだ」


 そして、時はイベント発生日。

 校外学習が始まったアルバは教師の背中について行きながら、最後尾の位置で森の中を歩いていた。


「それは素晴らしいことですね」


 その横をシェリアが歩く。

 最後尾と言っても、その後ろには今日のために護衛をしてくれる上級生の姿がある。

 あくまで、今回は魔獣の恐ろしさを知るための授業だ。

 よくある「魔石を回収しろ!」なんて命令はなく、ただただどこか懐かしさを感じる森を歩いて「わーい、魔獣だー」、「懐かしいですねー」となるだけ。

 森の中でしばらく暮らしていたアルバとシェリアにとって魔獣なんて珍しくもない。

 生徒の中には同じように魔獣と会ったことがある者もいるようだが、それはそれ。

 貴族の子息令嬢が集まる学園では夜の恐ろしさを学んでもらうため、経験者も同様に同じ授業が行われる。


「その子はさ、俺のことを馬鹿になんかせずに俺を俺と見てくれたいい子なんだ。久しぶりに人の温かさに触れたような気がして、お兄さんは嬉しくってさ」

「よかったですね」

「だから、さ―――」


 アルバは緊張感もない様子で横にいるシェリアへ口にする。


「……?」


 緊張感がないのは、様子だけでなく恰好もであった。


「ダメですっ! アルは目を離すとすぐ女の子と会っちゃうんですから!」

「ダメなの!? この学園の半分が女性なのにダメなの!?」


 もちろん、縛られているロープの先を握っているのはシェリアで。

 一人の男を想っている少女は頬を脹らませて、不機嫌アピールをこれでもかと主張していた。


「お兄さん、これで魔獣と相対したらえらいことよ!? もう「ここは俺に任せて先に行け!」っていうシチュになったら真っ先に魔獣さんの餌になる男よ!?」

「その発言が出た時点で死亡フラグ確定ですけど?」

「分かった、死亡フラグを立てないからこの縄を解いてくれ。このままじゃ死亡フラグを立てなくても死ぬ恐れがあるッッッ!!!」


 なお、最後尾付近にいる生徒はアルバがロープで縛られていることを知っている。

 ただ、ヒソヒソと後ろを向いて話しているだけで、誰一人として助け船を出そうとはしなかった。これも嫌われている影響だろうか?


「まぁ、でも本当にいい子なんだって。できたらシェリア達とも仲良くしてほしいぐらいにさ」

「……アルに寄ってくる女狐じゃないんですよね?」

「あ? なわけないだろ? 俺に好意を持つ人間がどこにいるっていうんだ」


 元公爵家の令息であり、悪名高いクズ。

 そんな人間を好きになる人間などいるのか? ゲームでも誰一人としてアルバに好意を寄せた者などいなかったというのに。


「(……私がいますもん)」


 ただ、それはあくまでゲームの話。

 好意を寄せている人間はすでに目の前にいるのだが、アルバは気がつかなかった。


「ですが、そこまでアルが仰るなら一度お会いしたいですね。アルが言う人ならいい人だと思いますし!」

「マジで!? やった!」


 これで約束が守れそうだと、アルバは喜ぶ。

 初めて出会ったヒロイン以外の女の子で、自分に優しくしてくれた女の子だ。

 できれば約束を守ってあげたかったアルバは、シェリアが前向きになってくれたことに嬉しく思った。


「なぁ、イレイナも会ってくんね? すっげーいい子だからさ!」


 アルバは前を歩く赤髪の少女に声をかける。


「…………」

「……イレイナ?」


 しかし、声をかけてもイレイナはすぐに反応を見せなかった。

 何やら考え込んでいる様子で、アルバは思わず首を傾げてしまう。

 魔獣が現れるかもしれないという緊張感でもあったのか……と思ったが、イレイナはゲームでも剣の腕が立つ天才美少女だ。今更魔獣相手に緊張するとは考えにくい。

 だからこそ不思議だったのだが、少ししてイレイナが慌てて振り返った。


「ご、ごめんなさい。あんたの頭がチンパンジーって話よね?」

「言ってねぇよ」


 これまた面白い冗談だ。

 アルバほ額に思わず青筋である。


「なんて言ったの?」

「いや、すっげーいい子と知り合ったんだけど会ってくれないかなーって。何考えてたの?」

「別に、なんでもないわ……」


 首を傾げるアルバに向けて、イレイナは一つ咳払いを入れる。


「それは別に構わないけど、随分と推してくるのね。どこの令嬢?」

「確かルピカー? って言ってた気がする」

「あぁ、ルピカー男爵家の」

「知ってんの?」

「一応ね、パーティーで何度か顔を合わせたことはあるし。確か商人から成り上がった家じゃなかったかしら?」


 流石は公爵家のご令嬢。

 顔の広さと記憶力がしっかりとしている。


「あぁ、私は構わないわよ。交流を深めるのも学園生活の醍醐味だと思うし」

「えー……そんな醍醐味、俺はいらない」

「自分から提案しておいてよく言えたわね」


 関わりたくない、目立ちたくない、関わりたくないがモットーのアルバにとって、交流なんてクソくらえであった。

 できればずっと山奥でひっそりと暮らしていたかった。クソ教皇め。


「女狐は困りますけど、いい人とお友達にはなりたいです……教皇様も、学園生活は大切にした方がいいって仰っていましたし、友達百人も目指したいですし」

「(シェリアってたまに口が悪くなるよな。なんでだろ?)」

「(さぁね、自分の胸にでも聞いてみたら?)」

「(ん? なんで俺の胸? 残念なことに、揉み心地は悪いぞ?)」

「(白昼堂々セクハラしてんじゃないわよ、この愚鈍)」


 何故怒られたんだろう? ヒソヒソと話していたアルバは首を傾げるばかりであった。

 そんな時———


『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

『ま、魔獣が出たぞ!?』

『なんでこんなデカい魔獣がいるんだよ!?』


 前の方から、生徒の悲鳴と慌てたような声が聞こえてくる。

 どうやら、本来の目的である魔獣と出くわしてしまったようだ。


「お、魔獣が出たな」

「……ほんと、緊張感がないわね」

「山奥でしばらく暮らしてた俺達に取っちゃ魔獣なんて日常にいたわけだし……ねー、シェリア」

「ねー、アル♪」

「あなた達ねぇ……」

「っていうか、そのための校外学習なんだろ? 魔獣が出たって倒すわけじゃない。何かあってもとてもとても頼りになる先生や後ろの上級生がなんとかしてくれ―――」


 そう言いかけた時、今度はとてもとても頼りになる先生からの声が聞こえてきた。


『い、今すぐ皆さん上級生の指示に従って逃げてください、早く! ここは先生がして食い止めますので!』


 ただ、その頼りになる先生は周りの生徒と似たような大きな声を出していたみたいで。


「わわっ、何やら様子がおかしいですよ!?」

「……あんた、今の発言でフラグを立てたわけじゃないでしょうね?」

「……なんかそんな気がしてきた」



 ―――そういえば。

 ゲームが始まってまず先に起こるイベント。

 それは、であった。

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