仲良く
「アルくんってさ、聞いてた噂と違うよね」
美味しそうに頬張りながら満腹感を覚え始めていたところで、対面に座っているミナがそんなことを言い始めた。
「突然だな」
「う、うん……アルくんが、あの元公爵令息だって話……なんか信じられなくてさ」
ミナの印象は優しくて、こうして女の子に気遣いができる少女だ。
男爵家とはいえ、社交界に顔を出している以上アルバの噂もアルバの姿も見かけたことがある。
馬車の一件では現公爵家当主にアルバの名前が出なければ分からなかったが、今こうしてちゃんと見ていると「アルバだ」という確信が持てる。
しかし、自分の知っているアルバはクズで何もできない無能———決闘騒ぎで圧倒していた少年とは中々結びつかなかった。
「もう隠そうとしても今更だから言うけど、事実だぞ」
「あ、そうなんだ」
まぁ、俺がやったわけじゃないんだけど、と。
アルバは内心で迷惑を現在進行でかけ続けている悪役に愚痴を吐く。
「そうそう、だからミナも俺と一緒にいると変な噂されちゃうぜ? シェリアは外聞気にしないやつだから仕方ないが、ミナはこれからも社交界で生き続けるんだ。嬉しいが、もうこれっきりにした方が多分いい」
アルバとしては、こうして普通の扱いをしてくれるミナと一緒にいたい。
だが、ミナはこれからも貴族社会で生きていかなければならない女の子だ。
男爵家という低い爵位の人間は、きっと一歩間違えれば爪弾きにされてしまう危ない立場なはず。
アルバと一緒にいることによって変な噂が立ち、令嬢達から敬遠、婚約者に恵まれなければ最悪。
だからこそ、アルバは申し訳なく思いつつミナに釘を刺した。
「……やっぱりそうだよね」
「そうそう、だからさ―――」
「でも、そういうのって寂しくない?」
ピクリ、と。アルバの手が止まる。
「見知らぬ誰かを助けてくれる優しさもあって、一緒にいるとちょっと楽しくて、これから仲良くなれそうだなーって……私自身が思ってるんだけど、周りが認めてくれない。なんかさ、それって寂しいと思うんだ」
「そう、か?」
「そうだよ。だって、私がしたいことをなんで他人の顔色を窺いながらしなきゃいけないの?」
少し真剣な瞳に、アルバは押し黙る。
理屈というか、綺麗亊を並べるならミナの言う通りなのかもしれない。
ただ、世の中決して綺麗事だけで生きていけない―――それは、綺麗事を並べられず表舞台に立たされてしまったアルバがよく分かっていた。
(芯の強い子なんだろうな)
危うい、それでいて眩しい。
アルバは口元に笑みを浮かべながら対面にいるミナを見据えた。
「あと、無理矢理メリットを挙げようとすれば作れるよ?」
「ほう?」
「将来有望な男の子と仲良くしておけば、また助けてくれるかもしれない!」
「案外、強かな女の子なんだな」
「女の子はいつだって強かなのです!」
自慢げに、誇らしそうに胸を張るミナ。
その姿を見て「案外、シェリアと仲良くなれそうだな」と、脳裏に浮かぶ少女のことを思った。
「そこまで言うなら俺は止めないよ。どっちかというと、こんな
「ふふっ、それって結構魅力的な報酬だね」
「だろ? まぁ、自分で言うのもなんだけどな」
二人して笑い合う。
心地いい空気。悪役に転生してから、まさか普通のキャラクターと談笑できるとは思わなかった。
これは絶対に表舞台に立たなければ味わえなかった時間だ。
(ここだけは、シェリアに感謝しないとな)
あとでお礼言っておこう、と。アルバは手を動かし始めた。
「あ、でもクラスが違うから中々会えないだろうなぁ。それに、アルくんと仲良くなるんだったら聖女様ともイレイナ様とも話さなきゃいけないし」
「気負う必要なんかねぇんじゃねぇの? シェリアは元々立場云々外聞云々は気にしない人間だし、友達ほしいって言ってたし」
「そうなの?」
「嘘ついてどうすんだよ。イレイナも、その人の中身を見てくれるいい女だし」
何せ、あれだけの過去があっても今のアルバと普通に接してくれる女だ。
人がしっかりできているミナなら、きっと受け入れてくれるはず。
確かに、ミナの懸念はごもっともだ。自分はただの男爵令嬢に対して、相手は世界的宗教の象徴でもある聖女と、王族の次に影響力のある公爵家の令嬢。
しかし、二人共攻略対象のヒロインということもあって人がしっかりできている。
アルバ的にも、二人がミナを敬遠するとは思えない。
「そうかなぁ? ちょっと不安」
「んー……まぁ、不安も分かるのは分かるが、それこそ俺と話すよりかは結構なメリットだろ? 聖女と公爵家の令嬢とのコネクションは持っているだけでプラスなんじゃねぇの?」
「うぅ……アルくんの言う通りなんだけどさ」
不安が拭いきれないのか、ミナがシュンとうな垂れる。
その姿を見て、アルバは一気に弁当を頬張ってサムズアップを見せた。
「これも一食のご恩だ。俺がなんとか繋いでみよう」
「本当?」
「あぁ、本当だ。正直ミナの心配は杞憂だとは思うが、なんだったら俺が予め話をしてやる」
こんなゲーム世界でも希望があるのだと教えてくれた女の子。
ましてや自分と仲良くなりたいと言ってくれているのに、自分が一肌脱がなくてどうするんだ? 男としての妙な使命感が胸に宿る。
アルバは目の前にいる優しくて可愛い女の子へ、めいいっぱいの笑顔を向けた。
「というわけで、俺に任せとけって!」
♦♦♦
そして———
「アルの服から……オンナノニオイガシマス」
「…………」
「ナンデスカ、コレ?」
教室に戻ってきたアルバは、ハイライトの消えた瞳を向ける
(すまん、ミナ。ちょっと無理かも)
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