取捨選択
「くっそ……マジでミナのやつ、どこに行ってんだ?」
あれから放課後。
生徒達が帰り始める最中、必死に校舎の中を歩き回っていた。
「クラスが違うから簡単に会えないし、休み時間になればどっか行ってるし……あぁ、もうっ」
それでも、アルバは一人で歩き回り続ける。
まだまだ生徒が残っている廊下の先に、ミナがいるかもしれないと思って。
♦♦♦
どうしてアルバがミナと会えないのか?
その理由は、至って単純であった。
(はぁ……なんか、アルくんと顔を合わせづらいよ)
歩き去っていく姿を見送り、ミナはため息をつく。
廊下の先を曲がっていったのは、つい最近知り合った友達の男の子。
どうやら自分のことを捜し回っているみたいで、今日一日何回も後姿を見ては隠れるようになってしまった。
そのせいで、アルバは何度もミナのクラスへ赴き、クラスメイトから何度も「ねぇ、なんか弱みでも握られたの?」などと心配されるようになった。
(優しい男の子、なんだけどなぁ)
恐らく、アルバがミナを捜し回っているのは己のことを心配しているからだろう。
それは自分のことを捜しているアルバの姿を見て分かったし、そういう人なのだと知っている。
そんなに顔に出ていたのかと、ミナは不安になりながらもアルバから背中を向けるようにしてその場を離れた。
すると―――
「あれ? ミナさんじゃないですか!」
トテトテ、と。可愛らしい姿で近づいて来る女の子が映る。
この前見た時は修道服姿であったのに、今は少し新鮮さを感じる制服姿だ。
そんな少女を見て、ミナは「しまった」と苦笑いを浮かべる。
ただ、あからさまに認識されているのに逃げるのもおかしな話。ミナは心の中で罪悪感を覚えながら立ち止まった。
「昨日ぶりだね、シェリアちゃん」
「はいっ! 昨日ぶりです! でも、その……ミナさん、アルが捜していましたよ?」
嬉しそうな笑顔を見せたかと思えば、今度は少し怪訝そうな表情を浮かべる。
ミナが逃げている……とまでは勘付いていないだろう。でなければ、こうして堂々と聞かずこっそりアルバの下へ連れていくはず。もしくは強引に腕を掴むか。
だから勘づかれていないことに安堵……は、しない。
ミナにとってはシェリアも会いたくない人間だった。
何せ、彼等に会ってしまうと心に罪悪感が湧いてきてしまうのだから。
「そ、そうなんだ……あとで会いに行くよ」
「そうしてください! あ、でもだったら一緒に行きますか? 今日もアルと一緒に帰るので!」
「ううんっ! 今日はその、用事があるから……」
「あぅ……それなら仕方ないですね。ミナさんと一緒に下校してみたかったです」
チクリではなくザクッ。小さくではなく大きく、ミナの胸が痛む。
あの日から、シェリアは自分に懐いてくれるようになった。
それは友人であるはず。だが、どこか愛くるしい姿がまるで新しくできた妹のようにも思えた。
(……何やってんだろ、私)
こんなにいい子を。こんな私にすら笑顔を向けてくれる純粋な子を。
私は───
「あの、どうかされましたか?」
「えっ?」
「どこかお体でも悪いんですか? 顔色が悪そうですし……」
「…………」
ミナは俯き、言葉を詰まらせる。
その様子を見て、シェリアは慌ててミナの顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫ですか!? 私、こう見えても女神の恩恵を賜っておりまして、お体が悪いのなら治しますよ!? だから―――」
「あの、さ……シェリアちゃん」
シェリアの心配を遮り、ミナは言葉を発する。
その時のミナの顔は今にでも泣き出しそうで、何かに縋りたいような……そんな、弱々しいものであった。
だからこそ、シェリアは少し息を飲んでしまう。
「シェリアちゃんは大事なものを失わないために、何かを犠牲にできる?」
その言葉の真意はなんなのか? 言葉足らず、主語なし。
故に、純心無垢な少女はミナがいきなり発した言葉にどれだけの意味が込められているのか分からなかった。
ただ、彼女の表情と声音が……真面目に答えなければダメだと、訴えていた。
故に、シェリアはゆっくりと口を開いた―――
「人の手は、二本しかありません」
「えっ?」
「人の指は二十本しかなくて、人の体は一つしかありません。足も二本しかなくて、頭は一つしかないんです」
何を当たり前のことを、と。
ミナは真剣に語ってくれたシェリアに対して言いそうになった。
しかし、シェリアは言葉を続ける。
「なので、人は必ず何かを手にする時は取捨選択を強いられます。全てを手に入れられるのは主だけ。あらゆるものに手を伸ばせるのは神だけ。私達人間は、必死に選択を迫られながら手にしなければならないのです」
ほしいものを片っ端から集めても、両手はすぐに塞がってしまう。
何かがほしいと足を運ぶには、一つ向かう場所を決めなければいけない。
結局人にできることなど有限で、それ以上を求めるのは無理難題になりやすく、傲慢の所業とも言える。
「何かを犠牲にする。そんな選択はどの場面でも訪れます。きっと、今のミナさんはその選択に苦しんでいるのでしょう。しかし、だからこそ私達の選択には重みがあります。選んだものこそ、己の中で大事なものであり……誇れるものだと思っています」
「…………」
「ミナさんがどのようなことで悩んでいるのかは分かりません。安易に「できる」とも解答することができません。何せ、私が何を口にしたとしても他人事で終わってしまうのですから。ですが重く、誇らしいものがあるのだと、その結果に何かを失わなければならないのだとしても、ミナさんが選んだのであれば―――」
そして、最後に聖女と呼ばれる少女は、美しくも温かい、優しい笑みを浮かべた。
「私は尊重しますよ。何かを犠牲した上で選んだ結果を」
あぁ、やっぱり。この子は優しいなぁ、と。
ミナは湧き上がってくる涙を必死に堪えた。
(……凄いなぁ、言葉一つでこんなに)
シェリアの言葉は胸に沁み、間違いなく自分の考えを後押ししてくれる。
故に、だからこそ余計……今の言葉を聞いて、余計に心が苛まれてしまった。
「ありが、と」
心が固まった。固まってしまったために、罪悪感は一層膨れ上がってしまう。
しかし、それこそが重みであり己の罪なのだと、シェリアの言葉によって理解させられる。
どうせ、自分はクズで救いようがない畜生だ。己の都合で他人を傷つけようとする、クズ。
だから、
「もちろん、あくまで主である神が怒らない範囲で、です! あ、でもミナさんがそのようなことをするとは思えませんけど───」
「ごめんね、シェリアちゃん」
「え?」
ミナは周囲を一度見渡した。
生徒の姿は見当たらない。恐らく、ちょうどいいタイミングでこのフロアにいる人間が帰っていったのだろう。
どうしてミナが周囲を見たのか、シェリアには分からなかった。
「おかげで、決心がついた」
本当に意味が分からなかった。
どうして、ミナの瞳が一瞬にして真っ赤に染まったのかを。
どうして、ミナが自分に向けて拳を降り下ろそうとしているのかを。
「私はやっぱり、
でも、その疑問を待たずして―――
「あなた、一体何してんのよ?」
―――その振り下ろされそうな拳を割って入った赤髪の少女が蹴り飛ばす。
ミナは思わず仰け反り、そのまま獣のように後ろへ跳び退いた。
「殺気、漏れ過ぎ」
「……イレイナちゃん」
拳を押さえるミナ。
ゆっくりと、自分の前に立ちはだかり腰に携えた剣を抜くイレイナ。
本当に、意味が分からない。
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