お礼

 人気のないスポットなら任せておけ。

 目立ちたくないアルバは密かにリサーチにリサーチを重ね、落ち着いて昼飯が食べられる場所はすでにいくつかリストアップ済みだ。

 そういうことで、以前ミナと出会った屋上へアルバ達は足を運んでいた。


「あの、僕達お礼を言いたかっただけなんだけど……」

「ねぇ、どうして聖女様の後ろに隠れてるの?」

「ばっか! 初対面の人に会うんだから用心しないとダメだろう!?」


 苦笑いを浮かべるユリスに、首を傾げるアリス。

 それを受けて、道中頼もしい味方を手に入れたアルバは頼もしい味方の後ろに隠れて顔だけ出していた。なんとも情けない姿である。


「……ねぇ、私昼食を取ろうとしてたんだけど」


 無理矢理連れて来られたイレイナはシェリアの背中に隠れるアルバへジト目を向けた。


「大丈夫だ、弁当なら俺のお手製がある」

「……理由を聞かせなさいよ、理由を」

「俺、実はかなり人見知りなんだ」

「あんた、よくも幼なじみの前で平然と嘘がつけるわよね」


 もしかしたら、中身の日本人は人見知りかもしれない───なんて言い訳ができないのが悲しい。何せ、転生したことなどこの世の誰も知らないのだから。

 それに、悪役であったあのアルバが人見知りだと思えないのは確かで、実際問題初めて出会う攻略対象ヒロインとどのルートにおいても破滅フラグを運んでくる主人公との二対一が嫌だったから連れてきただけ。

 申し訳ないと、心の片隅には思っている。


「(はぁ……私はまだあんたとの距離を測りかねているっていうのに)」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないわよ」


 大きなため息をつくイレイナを見て、アルバは首を傾げる。

 一方でシェリアは───


「分かりました、アルバ。教会の力を使ってこの人達をなんとかすればいいんですね!」

「うん、そこまでは求めてない」


 拳を胸の前で握り、かなり気合いを入れているシェリア。

 なんとか、のワードに何が入るか気になるところだ。


(っていうか、今思うと攻略対象ヒロインが二人も同時に主人公と出会ったんだよな……)


 アリスは主人公の幼なじみだからいいとして、問題はシェリアとイレイナ。

 二人共、アルバが知る限りでが今が初対面。ようやく学園で出会ったような形だ。

 ストーリーでは出会い、しっかりと好感度を上げた上で主人公に惚れていく。

 しかし、もしかしたら出会った段階で何か思うかもしれない。


(ハッ! も、もももももももしかしてわんちゃんこの出会いをきっかけに新しい恋のピストルが鳴ってクラウチングスタートからの恋へのゴールへ走り始めたり!?)


 それはマズい。

 そうなってしまえば、それこそいよいよストーリーの開始だ。

 悪役アルバくんが関わって死んでしまう破滅フラグが本格的に立とうとしている。しかも、現在進行形で攻略対象ヒロイン主人公ユリスがいる場に自分が立っている。

 これでヒロインルートが始まってしまうえば、どうなるんだろう?

 アルバは恐る恐る、隠れさせてもらっているシェリアへ尋ねた。


「シェ、シェリアさんは……彼のこと、お好きでいらっしゃいますでしょうか?」

「ふぇ? 世迷言ですか?」

「世迷言」


 はて、世迷言とはどういう意味だっただろうか? アルバはスマホがないこの世界を少し恨んだ。


「それとも、挑発でしょうか?」

「おい待て待て待て。何故今の質問でお嬢さんは俺の喉仏を握る?」

「ハッ! も、もしかして……私に諦めろって言っているのでしょうか!? わ、私じゃダメなんですか!?」

「おい待て、今度はなんで泣き出しそうな顔をするんだ!? 分かった、よく分からんがカメラがない場所でドラマな展開はいらんぞ、なっ!? おーけー俺が全面的に悪かったですごめんなさいだから泣かないでそーりーあんだーすたん!?」

「ぐすっ……きょ、教皇様にダメでしたってご報告し、しないと……っ!」

「すまん、本当に俺が悪かったッッッ!!!」


 アルバは慌てて泣き始めそうになるシェリアの頭を撫でた。

 一体、今の質問のどこがマズかったのだろう。このままじゃ教皇おやばかに殺されちゃう誰か教えてほしいと、乙女心に気付かないアルバくんであった。


「んー……よく分からないけど、お礼を言いたかっただけだしちゃっちゃと済ませちゃおう!」


 そう言って、明るく声を上げてアリスが一歩前へ出た。

 すると、そのまま勢いよく頭を下げる。


「ありがとうございますっ! 私を助けてくれて!」

「……へ?」


 その言葉に、シェリアの頭を撫でていたアルバは思わず呆けた声が漏れてしまう。

 そして、涙を拭って泣き止んだシェリアはアルバへ尋ねる。


「アル、また誰かを助けたんですか?」

「いやいや、先輩。俺っちは助けた覚えなんてないんですけど?」


 はて、こんな子を助けたことがあっただろうか? 確かに先日は助けようか助けるまいか葛藤こそしていたが、結局助けることはしなかった。

 お礼を言われることなんて何もない。だからアルバは首を傾げ続ける。

 そんなアルバへ、ユリスが解説するように続いた。


「いや、君があの時アリスの場所を教えてくれたから、僕が間に合って……それで」

「あぁ、なるほど」

「おかげでユリスくんが超かっこよく助けてくれました! ありがとうございます!」

「ちょ、アリス!? 別にかっこよくなんて───」

「あと、ユリスくんがかっこいい言葉くれてキュンしました! ありがとうございます!」

「アリス!?」


 ……なんか惚気を聞かされている気がする。

 お礼のはずだったのにと、アルバは何故か頬が引き攣った。


「なるほど、この人はセーフですね……」

「あなたも大変ね、シェリア」


 そして、一方でシェリアは何故か何かに納得していた。

 なんだろう、この状況。本当によく分からない。


「ごほんっ! そ、それで何かお礼がしたいんだけど───」

「いや、いらない」

「え?」

「強いて願うなら、金輪際関わらないでほしい」

「……僕、嫌われるようなことした?」


 主人公と関わってしまえば、破滅フラグが立つかもしれない。

 あの時は偶然で仕方なかったとしても、今後は可能な限り関わりを持ちたくないのだ。

 えぇ、決して私怨というわけではなく。決して攻略対象ヒロインとはいえ可愛い女の子目の前でイチャイチャしてくれやがってぶち殺すぞおめぇあァ? なんて妬みではなく、えぇ。


「っていうより、あなた達もしかして魔獣が現れた時皆と一緒にいなかったの?」

「う、うん……アリスが少し離れた瞬間に魔獣が現れちゃって」

「だ、だって……おトイレ、我慢できなかったんだもん」

「はぁ……この子を助けに行くためにちょっと抜けてたんだ」

「へぇー、よく生き残れたわね。かなりの魔獣がいたって話だったんだけれど」

「まぁ、ほとんどアルバくんが倒してくれたからさ」


 ユリスがあの場面でアリスの下へ容易に駆けつけられ、無事に助けられたのにはアルバの功績が多い。

 ほとんどの魔獣を撃退していて、アリスの居場所を教えてくれたからだ。

 もしも片方だけでも要因が欠けていた場合、恐らくどちらかは必ず怪我を負っていただろう。

 たとえストーリーのイベントだったとしても、まだ主人公は発展途上。多くの魔獣相手に善戦できるわけがない。


「なら、教師や騎士から色々言われたんじゃない? それこそ、こいつのこととか」

「うん、誰が倒したのかって聞かれたけど……言わなかった」

「どうしてですか? 騎士の質問に対しての虚偽は罪に問われることもあるのですが……」

「あー、それはそうなんだけどね。アルバくんの話は耳にしていたし、たまに見かけたこともあって……なんか、あんまり目立ちたくないのかなーって」


 ユリスは少し恥ずかしそうに口にする。



「だったら、罪に問われるとしても言うわけにはいかないよ。僕は恩人にあだを向けるほど、恥知らずじゃないし」



 その言葉を受けて、シェリアだけでなくイレイナもアルバも思わず固まってしまう。

 これが主人公……どこか、真っ直ぐで、憎めない人のよさが滲んでいた。


「(な、なんだろう……今俺、キュンってきちゃった)」

「(凄く心が綺麗な人ですね……主である神も、きっと微笑んでいます)」

「(昔のアルバに聞かせてやりたいぐらいだわ……)」


 三者それぞれが似たような反応を見せる中、ユリスは咳払い一つするとアリスの手を引いた。


「何かあったら言ってね。あの時も言ったけど、アリスを助けられた恩は必ず返すから」

「アルくん、ありがと〜! これ、ちゃんと本当に思ってるから! 私も絶対に恩返しする!」


 これ以上の長話は迷惑になると考えたのか、ユリスとアリスは手を振って屋上から姿を消していった。

 閑散とした屋上に取り残されたのは、アルバとシェリア達。

 少しだけ、三人の間に静寂が広がった。

 そして───


「……今の彼を見て、お二人共ご意見をどうぞ」

「金輪際関わるな、というのは少し悲しくなってきますね」

「あんた、あんなにいい人に対して言い方酷かったわよ」

「デスヨネー」


 とりあえずあとでお手紙を送ろう、と。

 アルバはいなくなったドアの方を見て、早速謝罪文を考え始めた。

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