ヒロインのルート

 ここでまず、ヒロインを攻略するための重要なイベントを確認しておこう。


 一人目、聖女のシェリア。

 神よりも己の思想こそを重要視し、曖昧な神という存在を忌み嫌うカルト集団により攫われたところを救出する。

 二人目、公爵令嬢であるイレイナ。

 己や他者に厳しい騎士団長である父親に認めてもらうために決闘を申し込み、イレイナが勝てるよう共に戦う。

 三人目、一学年上の王女。

 王族としてのプレッシャーに押し潰されそうになっているところへ親身に寄り添い、王子である兄とのひと悶着に介入すること。

 四人目、賢者の弟子であるリリィ。

 師である賢者に成果を報告するために新しい魔法の研究を手伝い、誰もが知らないオリジナルの魔法を生み出す。

 五人目、平民であり主人公の幼なじみ。

 無邪気で明るい性格な彼女が貴族に絡まれているところを救出、テストでいい点数を取れるようにサポートする。


 以上のイベントを踏むことにより、大幅に好感度が上がる。

 しかし、それはあくまで主人公サイドのお話であり、悪役であるアルバが行うことはなかった。

 むしろ、どのイベントでも悪役として悪役らしい行動を取っていたため、どの全てにもストーリーでは破滅フラグが存在している。

 たとえば、主人公の幼なじみに絡んだ不良というのがアルバだったり、イレイナに終始「お前じゃ勝てない」と嘲笑ったり。

 そんなことをしなければ大丈夫———なんて考えるかもしれないが、自分の生死が賭けられている以上憶測だけで決めつけるのは怖い。

 故に、関わらない一択。関りさえしなければ破滅フラグが立つことすらない。

 といっても、もうすでに三人のヒロインと関わってしまったのだが、そこはもう気にしないでおこう。


 さて、どうしてこんなイベントを改めて思い出してしまったのか?

 それは―――


「あぁっ! ようやく見つけたんだよ、アルくん!」


 肩口まで切り揃えた艶やかな茶髪。

 明るく無邪気、活発という言葉がよく似合いそうな表情に、それを後押しするかのような端麗な顔立ち。

 背丈は平均ぐらいだろうか? ただ、振る舞いのせいでどこか幼さを感じる。

 名前をアリス———ユリスという少年しゅじんこうの幼なじみであり、本作の攻略対象ヒロインである。

 そんな少女が、何故か己の目の前へと立ち塞がっていた。


(神よ……俺は何か悪いことをしましたでしょうか?)


 確か、己は昨日のミナの様子が気になって心配で彼女のクラスに足を運んだはず。

 なのに、代わりに現れたのは関わったことすらなかったはずの攻略対象ヒロイン

 はて、どうして俺は絡まれているのだろうか? まだ何もしてねぇんだけどこんちくしょう。


(……逃げるか?)


 ミナのことは気になるが、教室の中を入り口から見ても彼女の姿はなかった。

 であれば、ここで離脱してアリスから離れた方が賢明ではないのだろうか? 話して何かフラグが立つと困るし、こんな入り口で立っていても注目するだけだし。

 いやしかし、いきなりとはいえ女の子に話しかけられて逃げる男というのもいかがなものか―――


「散開ッ!」


 それでも逃げた。


「むっ? 逃がさないんだよ!」


 背中を向け、走り出したアルバをアリスは追いかけてくる。

 魔法を使えばあっという間に振り切れるだろうが、今立っている場所は校舎だ。

 下手に使って周囲に被害を及ぼしてしまえば、修繕費用で己の生活費が借金に染まってしまう可能性がある。

 だから逃げなければ。捕まってしまえば面倒事は確定。

 大丈夫、俺は男だからそこいらの女の子になんか追いかけっこでは負けな、


「って、はやっ!?」

「ふふんっ! これでも私はユリスくんの次に村では足が速かったからね! さぁさぁ、野生のルートで追いかけっこしよっか♪」

「えぇい! なんでテンション高いんだよ! ってか、そんな設定あったか!?」

「設定?」

「こっちの話ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」


 とりあえず、アルバは開いている窓枠に足をかけた。

 大丈夫、今いる場所は二階だ。飛び降りても今のこの体なら怪我なんてしない。

 だから飛び降りよ―――


「つ~かまえたっ♪」

「何ィッ!?」


 窓枠に足をかけるというワンムーブが敗因となったのだろう。

 アリスの華奢な腕が腰に回され、がっつりとホールドされてしまった。


「もぅ、なんで逃げるのさ」

「こっちにもやむを得ない事情というのがありまして……ッ! っていうか、あなたこそいきなりなんですか初対面ですよね!? 開幕一番赤の他人とは思えないやり取りと行動ッ!」

「赤の他人で「初めまして♪」な初対面だけど、お礼が言いたくて」

「お礼ぃ?」


 アルバは怪訝そうな顔を浮かべる。

 その時、周囲にいた生徒達の奥から一人の少年が走ってやって来る姿が見えた。


「アリス、廊下は走っちゃダメじゃないか!」

「え~、だってアルくんが―――」

「そういう問題じゃないんだって! はぁ……ごめんね、アルバくん。うちのアリスが」


 少年―——主人公のユリスが頭を下げて、アリスの首根っこを引っ張る。

 そのおかげでなんとか引き剥がしてもらえたものの、新たに主人公という最も関わりたくない人間まで現れてアルバの苦笑いは止まらなかった。


「私、ただお礼を言いたかっただけなのに……」

「あぁ、そういうことか。だから朝からアルバくんを捜していたんだね」

「いや、そっちで納得されても困るんだが……」


 なんでいきなりお礼を言われようとしているのか分からず、アルバは疎外感を覚える。

 しかし、ユリスはそんな呟きを無視して周囲を見渡した。

 クズで有名なアルバと思わしき少年と、一際顔立ちのいいアリスとユリス。

 その三人がいきなり校舎の中を走ったからか、辺りにいた生徒はヒソヒソとこちらへ視線を集めていた。


「とりあえず、場所でも変える? 休憩時間だし、少しだけ人がいない場所に行こうよ」

「あ、解散っていう選択肢はないんっすね」


 はぁ、と。アルバは大きなため息を吐いた。

 ここで回れ右したいところではあるが、自分の好感度減少がどうやってストーリーに影響を与えるか分からない。

 故に、ここまでくれば大人しく従うしかない―――そう考えてしまったアルバは瞳に薄ら涙を浮かべながら、二人の後ろをついて行ったのであった。


「結局ミナに会えなかったし、もう最悪———」

「あっ、アルっ! こんなところにいたんですね!」

「あんた、さっきの講義の時の話なんだけど」

「お二人共いいところにっ! ちょっとお兄さんと一緒に歩きませんかお願いですお兄さんを助けると思ってッッッ!!!」


 あるばはどうちゅう、たのもしいみかたをてにいれた。

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