エピローグ

 ミナの弁当を美味しくいただき、アルバは今度こそ再び日常へと戻ってきた。

 といっても、新しい環境になってから数日しか日々が経っていない。どこか再びと言うのも違和感を覚えてしまう。


(あの山篭りの日々が懐かしい……)


 新しく与えられた家へと戻り、ボーッとソファーで仰向けになりながら思う。

 今思えば、この世界にも慣れたような気がする。

 日本人だったということもたまに忘れそうになるし、向こうのことも思い出さない日もあった。それだけ意識が順応してきたということだろう。

 それにしてはあまりにも劇的な日々を送っている気がする。


(……うーむ)


 一年で家を飛び出し、攻略対象ヒロインを偶然助けて、一緒に山奥で過ごして、シェリアのお願い教皇の脅迫によって学園に通わされ、決闘を受けさせられ、校外学習で魔獣を倒し、シェリアを助けるためにカルト集団を倒して、ミナも救って───あれ、多くない? 思い返すだけで、ひっそり暮らすという部分から離れすぎているのだと改めて実感させられる。

 今から平穏に破滅フラグ回避のため、ひっそりと暮らす方法はないものか。

 すでにほぼ全てのキャラクターと関わっていることを棚に上げ、アルバは考え始めた。


 そのタイミングで、ふとアルバの視界いっぱいにシェリアの顔が映った。


「何を考えているんですか、アル?」


 どうやら、就寝の準備をしていたシェリアが顔を覗き込んでいるみたいだ。

 横にある可愛らしい端麗な顔立ちが、大変目の保養になる。


「んー……シェリアと出会った時のこと思い出してた」

「本当ですか!?」


 シェリアが嬉しそうに瞳を輝かせて食いつく。

 今の話にそんな喜ぶようなことがあっただろうか? とはいえ、思い出していたのは事実なので、アルバは肯定する。


「あぁ、本当だ」

「結婚式で語るお話のストックなら、私もいっぱいありますよ!」

「すまん、もしかしたら間違いだったかもしれん」


 よく分からない話になってきたので、アルバはすかさず言葉を濁した。


「ですが、アル。思い出していただいたのは嬉しいんですけど、ソファーで寝ちゃうと風邪引きますよ?」

「うぃ」


 シェリアに指摘され、アルバは体を起こす。

 確かに、色々準備も片付けも終えて時間も寝る頃合いだ。ここでボーッとしていれば寝落ちしてしまう可能性もあるし、そろそろベッドへ行った方がいいのかもしれない。

 そう思い、アルバは体を起こして寝室へと向かう。

 すると───


「……アル」


 ピト、と。不意に背後から抱き締められた。

 柔らかな感触に甘い匂い。アルバは女性特有のスキンシップに少し胸を跳ね上がらせるが、平静を装ってシェリアに向き直る。


「どうしたどうした? 就寝前に甘えん坊を購入した覚えはないぞ?」

「あの、ですね」


 背中に引っ付いたというのに、今度は胸に顔を埋めてくる。

 美少女というのはここがズルい。こう、何をされても強くは言えないというか、逆に嬉しいというか。

 アルバは甘えてくるシェリアを見て頬を掻く。

 そんな中、シェリアは小さく言葉を続けた。


「私、アルと出会えてよかったです」

「藪から棒だな」

「言いたくなったんです」


 よく分からん、と。アルバはシェリアの頭を撫でながら思う。

 しかし、シェリアの中では……しっかりと、このタイミングで言ったことには意味があった。

 よく考えれば、シェリアは命を狙われ、殺されそうになった。

 いくら優しい聖女という人間でも、恐怖がおいそれとなくなるわけもない。

 ミナを憎んでいるわけではないが、拭えない感情というのもあった。

 だが、そんな気持ちもアルバと一緒にいれば綺麗さっぱりなくなるのだ。

 募った不安を今まで我慢し、落ち着いた頃合いで堪え切れなくなって抱き着き、傍にいることに対して感謝を伝えたくなった。


(アルは私のヒーローです)


 もし、学園に来る前、アルバに助けられていなかったら。

 もし、助けたそのあとに突っぱねられていたら。

 もし、運命が捻じ曲がって、アルバと出会っていなかったら。


 シェリアは知らない。

 こうしてアルバに会えたのも、運命ストーリーが捻じ曲がったからこそなのだと。

 けれど、そんなこと聞かされたところでシェリアは「どっちでもいい」と答えるだろう。

 出会わせてくれたことに、シェリアは感謝しかないのだから。


「俺も、シェリアに会えてよかったよ」


 色んな面倒事に巻き込まれたが、と。アルバは苦笑いを浮かべた。

 その面倒事に、もしかして先の一件が含まれているのだろうか? そういえば、アルバにお礼をちゃんと伝えられていない気がする。

 今更ながらに思い出し、シェリアは少し緊張気味に口を開いた。


「あの、アルっ! ありが───」


 そう言いかけた時、ふと頭の中にアルバの言葉が過ぎった。


『だから、お前のことを考えるのは当たり前なんだよ。こんな当たり前にいちいち感謝してると疲れちゃうぞ?』


 シェリアは口を閉ざす。

 何を言いかけたのか? アルバはまたしても首を傾げる。

 そして───


、アル」


 満面の笑みで、そうシェリアは口にした。

 感謝が当たり前なら、代わりに労いの言葉を伝えよう。

 アルバの頑張りは、シェリアが一番よく知っている。

 だから、この前のことも今までのことも含めて、改めて労ってあげよう。

 信頼と感謝から生まれた言葉を言い、シェリアはもう一度強くアルバを抱き締めた。


「おう、ありがとうな」


 そんな意図がようやく、なんとなくではあるが伝わったアルバは頭を撫で続けた。


 ───言っておくが、感謝しているのはアルバも同じだ。

 こうして甘えてくれる部分も、正直嬉しい。

 しかし、それ以上にこの世界で誰一人として味方がいなかった中、こうして寄り添ってくれている方が嬉しかった。

 感謝しているし、大切だと思っている。

 だからあの時に拳を握れたし、これからもきっとシェリアのために拳を握れるだろう。


 願わくば、そんなことにはならずに平和に過ごせますように。

 アルバはどこぞの神に内心で祈りながら、シェリアを剥がしてそのまま背中を向けた。


「んじゃ、そろそろ寝るか」

「はいっ!」




 アルバという最凶の悪役に転生してから数年。

 ストーリーは変わった。少しの変化を見せる。

 これからどうなっていくのか、どんなストーリーが生きてアルバに襲いかかってくるのか。

 全ては分からない。もしかしなくても、もう全ても分からないかもしれない。

 しかし、こんな日常が続いてほしいと、アルバは思う。


 だからこそ、アルバはこれからも全力で破滅フラグ回避を目指す。

 それが、悪役として転生してしまった少年の、変わったようで変わらない目標なのだから───









「アル、そういえば今日教皇様から届いていたお手紙に『聞いたぞてめぇゴラ、何うちの娘を危険に晒してんだ、あァ? いっぺん顔出しに来いボコボコにして殺るからよォ』と書かれてあったのですが───」

「おっと、お兄さん就寝の前に夜逃げの準備をしなきゃ」

「あと、ティナとミカエラお姉様から『ハヤクツラダセ、ゴラ。ソノクビヘシオッテヤルカラヨ』というお手紙も───」

「やだっ、破滅フラグ回避の前に教会関係者に殺されるッッッ!!!」


 とはいえ、その目標への道のりも悲しいことに前途多難そうであった。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


お久しぶりです、楓原こうたです。

ちょうど1巻分。これにて、本編は完結でございます。

もう少し書いていたかったのですが、、、締切が立て込んでしまい、区切りのいいところで、となりました。

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!


これからも、どうか拙作をよろしくお願いします🙏

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