おもてなしのあとに

 それからしばらく。

 ミナのおもてなし食事会もつつがなく終わり、いよいよ本格的に日が沈み初めてしまった。

 また学園で会うというのに名残惜しさを感じてしまったアルバだが、現在見送りのために家の外へと出ていた。


「いいのか? 家まで送らないで」

「うん、大丈夫! 私の家はすぐ近くだしね」


 視線の先には満足気な表情を浮かべるミナ。

 靡く銀髪が夕日に照らされ、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。

 どうしてこんなに可愛い子なのにストーリーに出てこなかったんだろう? アルバは疑問に思った。


「またいらしてくださいね! いつでも歓迎しますからっ!」

「ふふっ、ありがとうシェリアちゃん」


 ミナの下へ駆け寄り、手を握って笑顔を見せるシェリア。

 この姿を見ただけでだいぶ仲良くなったのだと窺える。

 自分から言い出したこととはいえ、シェリアが同年代の友人を見つけられたことにアルバは保護者目線の嬉しさが込み上げてきた。


「今日はありがと、ミナ。ドレスの話、とても興味深かったわ」

「私の方こそ、色々話が聞けて楽しかったよ。今度うちのドレスいくつか紹介するね」

「えぇ、期待してる」


 一方で、イレイナもまたミナと仲良くなったみたいだ。

 同じ令嬢として話が弾んだというのもあったのだろう。公爵家の令嬢がわざわざ見送りするぐらいまで距離が縮まった。

 ミナもミナで、随分と打ち解けられたみたいである。

 初めは酷く緊張していたものの、今となっては敬語も忘れて普段の自分で話していた。


「アルくんも、今日はありがとうね。お料理凄く美味しかったよ」

「この前の礼もあったからな、そう言ってもらえると助かる」

「お礼をしたかったのは私の方なんだけどなぁ……でも、本当にありがと」


 名残惜しさがあるのはミナとて同じ。

 だが、家に帰らなければならないので名残惜しさを我慢しなければ。

 ミナはシェリアの手を離してそのまま背中を向けた。


「それじゃ、また学園で!」


 手を振ると、アルバ達が手を振り返してくれる。

 一人は公爵家の令嬢で。

 一人は世界的宗教の聖女で。

 一人は元公爵家の令息でありながら強大な力を持つ男の子。


(皆、いい人だったなぁ)


 今にして思えば、よくもまぁこんな人達と自分が仲良くなれたものであった。


(それもこれも、全部アルくんのおかげ……)


 皆の姿が見えなくなると、ふとミナは空を仰いだ。

 茜色の空は酷く美しくて、自分の心を洗い流してくれているかのよう。

 靡く銀髪を押さえ、ミナはゆっくりと足を進めていく。


(優しいなぁ、アルくんは)


 聖女であるシェリアも、公爵家の令嬢であるイレイナも優しかった。

 立場なんて関係なく、こんな自分にも優しくしてくれて「友人」とまで今日呼んでもらった。

 きっと、自分一人ではあの人達と話すことはおろか関わることさえなかっただろう。

 その中でも、やはりアルバという少年だけはミナの胸に酷く印象づいた。


 噂とはまったく違う男の子。

 話していて楽しいし、自分を気遣ってくれて、見ず知らずの自分を助けてくれたりもした。

 容姿が整っているせいか、ミナは今まで何度か爵位関係なく多くの人にアプローチされたことがある。

 しかし、アルバ以上に魅力的な男の子は見つからなかった。

 だからこそ、アルバともっと仲良くなりたいし、一緒にいたいとも思う。


(でも、ごめんね……アルくん)


 ピタリ、と。ミナの足が止まった。

 気がつけば薄暗い路地に足を踏み入れており、周囲にはまったく人の気配がない。

 その時、視線の先からゆっくりと一つの人影が現れる。


「……何か用?」

「用事がないと会ってはいけないのかい? まったく、君は意外とつれない子なんだね」


 現れた人影は赤黒いローブを羽織っていた。

 身長はミナと同じぐらい。声音は女性、歳は少し上だろうか? 顔立ちで判断したくても、深く被っているフードのせいで何一つとして分からなかった。

 ただ、それでもミナの態度は変わらない。

 警戒するわけでもなく、不快だと物語る顔で目の前の女性を睨む。


「して、どうだった? 随分と楽しそうにお食事をしていたみたいじゃないか」

「……世間話をしに現れたわけじゃないんでしょ? どうせの話を聞きたいとかそういうものだよね?」

「ご明察……って花丸をあげるのもおかしな話か。元より、そういう話で君は進んでいるのだから」


 女の言葉に、ミナは押し黙る。

 そして、桜色の唇をゆっくりと開いた。


「まずはアルくんから引き離さなくちゃいけないと思う。想像以上に仲がいいし、本人が離れる気がない。でも、離れたとしても才女であるイレイナちゃんと周囲の人間がいるから、単独で動くことはほとんどなさそう」

「で?」

「……やるなら、週末に必ず王都の教会に向かうらしいからその道中。学園だと教師もいるし、王都までの送迎の最中だったら護衛の騎士もそんなに連れていけないはず。アルくんも休日は冒険者としてのお仕事をするからね」

「なるほど、了解したよ」


 フードから小さく息が漏れたような音が聞こえた。

 まるで吹き出したかのような。見えなくとも、ミナにはこちらの心情を嘲笑っているかのように思えた。


「随分と忠実で助かった。である君にこんな役目を任せられるなんて、初めは考えていなかったんだが」

「……その口を閉じて。じゃないと───」


 ミナの瞳が充血したのか、真っ赤に染まる。

 心なしか周囲の空気は揺れ、何故か聞こえてはいけない獣の声が聞こえ始めた。

 周囲の空気が、冷える。


「ははっ! 随分と威勢がいいな! これは人質いもうとがいなければ、ボクはとっくの昔に殺されていたかもしれないね!」

「今でも殺したいよ、妹を連れ去ったお前を……ッ!」

「しかし、そうはできない。手綱いもうとはボクが握っているからね」


 高笑いを見せたあと、女性はフードを翻して背中を向ける。


「それじゃ、計画通り頼むよ。タイミングは全て君に任せる。無事に終われば、文字通り平和な日常に戻れるだろうからさ―――全ては、


 薄暗い景色に溶け込むかのように、フードを着た女性は徐々に空間の外へと消えていく。

 辺りには聞こえていたはずの獣の声が消え、静寂だけが周囲を支配した。

 取り残されたミナは女が消えたのを確認すると、思わずその場に蹲ってしまう。


「ごめん……ごめん、なさい……」


 瞳から涙が零れ落ちる。

 ボロボロと、嗚咽だけが静寂の中に広がっていった。


「こんなこと、したいわけじゃ……ない、のに……ッ!」


 誰に届かせるわけでもない。

 嗚咽混じりの悲鳴を漏らして、ミナは口にしてしまう。


「もう、やだよぉ……誰か、


 ただ、小さな背中を見せる女の子に寄り添う者は誰もいなくて。

 少女はしばらく、その場で一人泣き続けた。




 ───ストーリーは、少しの変化を見せる。

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