悪役VS悪党

 アルバの戦闘方法は至って単純だ。

 迫り、拳や蹴りを叩き込む。

 魔法の才能がある体に生まれたのに魔法は使わないのか? 単調ではないのか? なんて思われるかもしれないが、アルバは転生する前まではごく普通の日本人だったのだ。

 そんな人間がたった数年で実感も少ない魔法を主軸にすると、不慣れがどこかに出てしまう。

 ならば、まだ己の世界で馴染みのある格闘術を駆使し、体に使用している魔法を主軸にした方がいい。

 戦闘では、一つの不慣れが死に直結する。

 どこに破滅フラグが転がっているか分からない現状、アルバは少しの油断も戦闘に置きたくなかった。

 しかし、ただ拳を叩き込むだけでも速度に比例して上がる拳は、文字通り一打だけで強力。


 アルバはヨルの懐まで迫ると、鳩尾へ容赦なく拳を振るった。

 ヨルは身を捻って回避を試みるものの、間に合わず骨盤へ一撃をもらう。


「ぐっ!」

「チッ」


 本来、アルバの拳など目で追えないはずだ。

 それでも追えているのは、ヨルの身体能力が四段階まで引き上げられているからこそ。

 きっと、身体能力を上げず目で追えたユリスが身体を強化すれば、アルバと互角に張り合えただろう。

 だが、ヨルは魔法士だ。元々がか弱い少女である状態では、引き上げたとしても辛うじて急所を外せるぐらい。

 撃ち込まれた反動は、すぐには抜けない。

 すかさず、アルバの拳と蹴りが雨のように叩き込まれる。


(身体を強化されているから、一撃では殺せない)


 今更他人を殺すことに躊躇はない。

 日本人としての倫理観は、倫理観の薄いこの世界によって消されてしまっている。


(だから、何度も叩き込む!)


 殴打。殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打。

 怯む隙すら与えない、反撃の糸口など与えてやらない。

 いくら強化されているとしても、壁すら容易に砕ける威力を叩き込めばいつかは人体が崩壊する。

 その時、叩き込んだ拳が掴まれた。


「捕まえた」


 受け止められた、という事実にアルバの思考が一瞬の空白を生ませる。


「ようやく目が慣れてきたよ。捕まえてしまえば、どうとでもなる!」


 ヨルはすかさず空いている手から火の玉を生み出した。

 この距離、この一瞬であればアルバは避けられない。捕まえている以上、動きに齟齬が生まれるはず。

 熱伝導するまでの時間、ここに拘束さえさせていれば魔法を叩き込んだだけで灰になるのだ。

 一撃必殺。ヨルの思考まりょくが火の玉へ注がれる。

 だが───


「お粗末」


 ズバチィッッッ!!! と。

 ヨルの体に電気が走る。


「あガッ!?」

「甘いぞ三下。俺の魔法を形造っているところまでの想像がまるで足りない」


 アルバが魔法としてイメージしているのは電気だ。

 高速で身体を動かすところに目が向きがちだが、本来の用途はこちらにある。

 火の玉が届くよりも先に、ヨルの体へ電導する。

 痺れ……どころではない。肌を焼くような痛みが、ヨルの思考まりょくを根こそぎ奪う。

 その隙を、憤怒に駆られたアルバが逃すわけもなし。


「弱者をいたぶって楽しかったか?」


 殴打の嵐が、続く。


「思い通りに人を弄んで楽しかったか?」


 続く。


「俺の大切なもんを傷つけて楽しかったか!?」


 憤怒は続く。

 拳に伝わる骨の感触と、足に伝わる柔らかい感触すらを無視して、アルバの動きは止まらない。


「あいつは俺が助けた女の子だ」


 シェリアも、ミナも。

 成り行きだったとはいえ、間違いなくこの世界に転生して己の意思で助けた女の子達だ。

 助けたことに対しての責任はしっかり取る。

 最後まで笑って生きられるよう、はいさよならなんてしない。笑顔でいられるための環境を、守っていく責任がある。

 ストーリーなんて関係ない。


 この責任は、主人公ではなく悪役おれのものだ。


「てめぇ如き悪党に穢されてたまるかッッッ!!!」


 一打。想いの篭った拳がヨルの顔面へと突き刺さる。

 地面をバウンドし、跳躍するよりも遥かに遠い距離まで吹き飛んでいった。

 ゆっくりと、アルバは息を吐く。

 己の魔力も無限ではない。才能がある体だとはいえ、魔力にはいつか限界が来るのだ。

 だが、それよりも先に───悪党の限界が先に訪れる。


「は、ははっ……こう見えて、ボクはそれなりに腕っ節には自信があったんだけどね」


 フラフラと、ヨルは体を起こした。

 足元は覚束ず、小刻みに体が痙攣してしまっている。

 アルバの殴打がようやく目に見えるようなダメージとして現れたのだろう。

 限界だというのは、傍から見ているアルバですら分かった。


「あぁ……素晴らしい。神をぶん殴れはしなかったが、ここまで思う存分やられたのは初めてだ」


 覚束ない足取りで、ヨルは足を踏み出す。


「これが、ボクの運命」


 人はいつしか死ぬ。

 自分の場合、神に一泡吹かされる前に終わってしまうだけのこと。


「こういう幕引きエンドロールも悪くない」


 狂気じみた笑みを浮かべて、ヨルは天を見上げる。

 このままぶっ倒れてたまるか。騎士に捕まり、処刑を待つ罪人になってたまるか。

 今、目の前に……思い描いたものとは違う、素敵な幕引きエンドロールが用意されている。


「さぁ、来いよ騎士ヒーロー! このまま放置すれば、ボクは彼女かみのみつかいを殺しに行くぞッッッ!!!」


 ヨルは両手を広げてアルバへと叫んだ。

 あれだけ魔法を連発し、身体強化の魔法を四段階まで引き上げた。魔力はもう何も残っていない。

 今こうして立てているのは、神へ謀反した自分の幕引きエンドロールを己で用意するため。


「……言われなくても、殺るさ」


 アルバの体が消える。

 そう思った頃には、ヨルの眼前へ長い足が現れていた。


「……神はいなかったみたいだね」


 その蹴りは、悲しくも目が慣れてしまったヨルの目にはっきりと映ってしまっていた。

 だが、もちろん恐怖など微塵もない。


「そうでなければ、こんな清々しい幕引きエンドロールは用意されていなかったよ」


 プツン、と。アルバの蹴りはまるで鋭利な刃物だったかのようにヨルの首を刈り取った。

 綺麗な女性だった。真っ当な道を歩んでいたら、素敵な家庭を築いて、幸せな人生が送れていただろう。アルバの胸に、未だ慣れない不快感が押し寄せてくる。

 守りたい者を守るためだったとしても、今更躊躇などしなかったとしても、人を殺すことに快感は覚えられない。


「……神はいるさ」


 アルバは倒れていく体を見送りながら、小さく呟いた。


「じゃなきゃ、こんな悪役キャラクターなんて用意しないだろ」



 月明かりが辺りを包み込む。

 そんな中で、悪役と悪役の戦いは静けさと共に幕を下ろしたのであった。


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