戦いが終わって
埋葬なんてしない。ここまで来れば、あとは
悪党を倒したって功績はもちろん大きいはずだ。面倒事を押し付けた対価ぐらいにはなるだろう。
そう思い、アルバは悪党の亡骸を放置して廃墟へとゆっくりと戻って来た。
足を踏み入れた瞬間、腹部へと謎の攻撃が与えられる。
「アルっ!」
「んぐふっ!?」
文句でも言ってやろう、こっち功労者おーけー? なんて思っていたが、その言葉は寸前で止められる。
「アルっ、アルっ……! 無事で、よかったです……!」
泣きながら、己の体温を確かめるかのように顔を胸へ擦り付けてくるシェリア。
助けに来てくれたとはいえ、これまで不安だったのだろう。
それに、聖女と呼ばれていてもこんな子供とも呼べる年齢の女の子が命を狙われて怖くなかったわけがない。
きっと、この涙は色々な安堵が募っていた結果。
だから、アルバは小さく笑みを浮かべて優しくシェリアの頭を撫でた。
「おいおい、甘えん坊の特大セールか?」
からかうような言葉に対しても、嗚咽は続く。
アルバはボケがスルーされたことに少し残念に思いながら苦笑いを浮かべた。
「泣くなって、客観的に俺が泣かせたって構図ができたらどうするつもりなんだ? 特に教皇と君の姉妹さんあたりに」
「だ、だってぇ……!」
「俺は無事、お前も無事。それでいいじゃないか」
最後に笑っていれば、過程なんかどうでもいい。
笑っていられる現状が確保できた以上、抱いて不安も心配ももう不必要なものだ。
アルバは安心させるために、シェリアの体温を感じながら頭を撫で続ける。
そこへ、瓦礫を踏み締めて一人の少年がアルバの下へ現れた。
「流石だね、あの女の人を倒しちゃうなんて」
そう口にするユリスの体には、あの時に見た傷などどこにもなかった。
恐らく、シェリアが恩恵によってちゃんと治してくれたのだろう。
そのことにアルバは安堵し、寝ている状態のまま頭を下げた。
「ありがとう」
「え?」
「お前がいてくれなかったら、シェリアもあの子も助けられてなかった」
アルバはふと傍の壁へと視線を向ける。
そこには、一人の少女が座り込んでいた。未だに意識を失っているものの、鎖で繋がれてもおらず、呼吸しているというのが胸の上下で分かった。
「といっても、僕は何もできてないけどね。こっぴどくやられちゃったよ」
「そんなことはない。お前のおかげだ」
ユリスがいなければ……自分の命を賭けてまで戦ってくれなければ、もしかしなくても間に合わなかったかもしれない。
何もできなかった、なんてのは大間違いだ。
間違いなく、アルバはユリスに助けられた。それはシェリア達が無事な時点で動かない事実である。
そんな感謝の眼差しを受けたからか、ユリスは一瞬だけ呆けた顔を見せたあとにすぐさま小さく笑みを浮かべた。
「僕はただ、やってもらったことを返しただけだよ」
だから、今度は自分が恩返しをしただけ。
多分な正義感もあっただろうに、と。変にカッコつけない主人公を見てアルバは苦笑いを浮かべる。
その時───
「カン、ナ……」
廃墟の入り口。
そこへ、壁に手を付きながら一人の少女が姿を現した。
赤黒い翼が生え、鋭い爪が目を引く。
それでも赤い双眸だけは、現実が中々受け入れられないかのように揺れ、真っ直ぐに壁に座る少女へ向けられていた。
アルバはその少女を見ると、シェリアの肩を叩いて離れてもらえるよう促す。
そして、泣かれながら離れてもらうと、立ち上がってアルバはミナの下へと向かった。
「ミナ」
「ア、アルくん……」
赤い瞳がアルバへと向けられる。
何か言いたそうで、何を言えばいいか分からなくて。ミナの口が開いたり閉じたりを繰り返していた。
そんなミナに対して、アルバはにっこりと笑う。
「言ったろ?」
その言葉は何に対してのものなのか? 主語がないはずなのに、ミナの脳裏にある言葉が浮かび上がる。
『お前らを、助けるからさ』
あの時の言葉は正しかった。
嘘だと、叶いっこないと否定して傷つけたのにもかかわらず、彼は証明してみせた。
涙を拭うシェリア、腰に手を当てて笑顔を浮かべるユリス。そして───息をしているのだと分かる、
ミナは何か言わないと、と。己の罪のこともあって口を開いた。
「あ、あのっ! 私───」
「いいから行ってこいよ」
しかし、その言葉はアルバによって遮られる。
「……えっ?」
「俺に何か言わなくてもいいから、妹のとこに行ってこいよ」
アルバは促すように道を開けた。
咎める様子なんてない、柔らかい瞳をアルバはミナへ向ける。
「妹との感動の再会は、早めにやっておかないとだろ?」
ミナは一瞬逡巡する。
あんなことをしたのに、いいのだろうか? 罪の意識が素直に受け止めさせてくれない。それでも、最愛の家族への心配がミナの足を勝手に動かした。
「……カンナ」
動いた足は徐々に早くなっていく。
「カンナ!」
駆け出し、ミナは少女の下へ辿り着いた。
抱きかかえ、口元に耳をやって息をしているのを確認する。
そして、生きていると分かり……瞳から涙が零れた。
その瞬間、タイミングがいいのか悪いのか。
カンナと呼ばれる少女の瞼が、ゆっくりと開いた。
「おねえ、ちゃん……」
妹の手がミナの頬に添えられる。
流れている涙は少女の手を濡らすものの、妹はただただ小さく口を動かした。
「目、どうした……の? ダメだよ、もうそんな姿になっちゃ……」
ミナの涙が一層に増す。
だけど、ミナの顔には笑顔が浮かんでいた。
「ごめんね。お姉ちゃん、約束守れなかった」
でも、と。
「終わったよ」
ミナは
「終わったんだ、よ……ッ!」
嗚咽が廃墟に響き渡る。
ただ、それが悲しみによって生まれたものではないと、傍観者達は声音と光景で感じ取れるだろう。
近くにいるユリスは「よかったね」と、自分のことのように嬉しそうな笑みを浮かべていた。
一方で、そんなミナ達を見守っていたアルバの下へシェリアが涙を拭いながらやって来る。
そして、袖を掴んでただ一言。
アルバへ向かって、涙声ながらも言葉を投げた。
「よかった、ですね」
何がよかったのか? そんなの言わなくても分かる。
アルバはシェリアの顔から視線を戻し、嗚咽を漏らしながらキツく嬉しそうに妹を抱き締めるミナを見た。
「本当にな」
───こうして、聖女を誘拐から始まる
紆余曲折。本来のストーリーから変化があったものの、最後には無事に欠けることなく笑顔を見せることができた。
主人公も、
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