現れた悪役
「アルっ、アルっ、アルっ!!!」
アルバは胸に顔を埋めて何度も自分の名前を呼ぶシェリアの姿を見て、思わず安堵の息が漏れてしまう。
(……よかった)
間に合った、と。彼女の温かさが生存している証拠を突き付ける。
それが何よりも嬉しくて、このまま抱き締めてあげたい衝動に駆られた。
しかし、そうも言ってられないこの状況。
壁には少し驚いた表情を浮かべているユリスと、この惨状の中でもぐったりとしている少女の姿。
恐らく、あの子がミナの妹だろうというのは分かった。まだ生きている、それだけで更に安堵が襲い掛かる。
「シェリア」
「はい」
「ユリスの手当てをしてくれ。そのあと、あいつに頼んでミナの妹を解放しろ」
「承知しました!」
アルバはシェリアを降ろすと、そのまま一直線にユリスの下へ向かった。
明らかに満身創痍。しかし、シェリアの恩恵があればすぐに回復してくれるだろう。
(それにしても、流石は主人公。この惨状の中でも迷わずこの場に留まったか)
瓦礫はいくつも崩れ、ところどころ火が立ち上り、地面が焦げ、抉られている。
ところどころ黒ずんだ塊が見受けられ、それが人の死骸だというのは言わずとも察せられた。
この状況、普通の人間であれば早々に逃げている。しかも、この場で助けを求めていたのは赤の他人だ。親しい間柄でもなく、少し顔を合わせた程度。
それでも逃げずに立ち向かっていたのは流石主人公と言ったところか。
「……ありがとう」
小さく、アルバは感謝を告げる。
その瞬間、遠い瓦礫の中で一つの人影が顔を現してきた。
「は、はははははっ! やってくれたじゃないか、今のは存外このボクでも驚いたよ!」
頬は擦り切れ、ローブも土埃で黒ずんでいる。
それでもどこか狂気的な笑みを浮かべ、楽しそうな声を上げてアルバを見た。
「今ので死なねぇのか。感触もおかしかったし、てめぇ何かやってんな?」
「なに、少しばかり身体強化の魔法を使っているだけだ。こう見えても四段階上げたんだ、それなりに頑丈にできている」
けど、と。ヨルはゆっくりと体を前に進ませる。
「しかし、痛いよ。それでも痛いんだ! 一体、どういう原理だ!? ボクですら見えなかったぞ!?」
アルバの魔法を知っているのは、この世界でもごく少数だ。
ゲームに出てくるキャラクターの中では、それこそ
魔法に精通している者しか、体内に魔法を落とし込む原理を知らない。
いくら強力な魔法を扱う狂人でも、この一瞬だけで理解するのは難しいだろう。
「教えるか、馬鹿が。ここは教習所じゃねぇんだ、体張って理解しろ」
「ははっ! ならそうさせてもらおう!」
ヨルの手から、巨大な炎の塊が飛び出してきた。
地面を抉り、周囲を焦がしながら進んでいくそれは真っ直ぐにアルバへと向かう。
「アルっ!」
ユリスの下に辿り着いたシェリアが赤くなったこの場に驚き、心配で声を上げる。
しかし、アルバは小さく笑いかけて再び視線を炎へと向けた。
そして、ただただ真っ直ぐ駆け出した。
「は?」
ヨルの声からそんな声が漏れる。
瞬きを一つした瞬間に、眼前にあった火の塊が霧散した。
そう思った頃には、何故か自分の頬に硬い膝の感触が襲い掛かる。
「ばッ!?」
「場所変えようぜ。ここじゃ、シェリア達に飛び火する」
背後にあった壁は己の体が鈍器となり、解体するかのように破壊される。
壁程度では勢いを殺せなかったヨルの体は、広々とした廃墟の外にある平野へと転がされた。
何度も、何度も視界の上下が逆転し、ただ地面の摩擦によって己の体の勢いが止まる。
「待、て……一体、何が?」
そうヨルは疑問に思っているが、アルバのしたことは至って単純だ。
ただ走り、加速した勢いのまま膝を曲げてヨルの顔面へと叩き込んだだけ。
目の前に火の塊があっただろう? そんな疑問を抱くだろうが、別におかしい話ではない。
物質が人体に熱の与えるのには時間がかかる。蝋燭の火に一瞬指を当てた程度で、人は火傷するか? それと同じだ。
目で追えないほどの速さで突っ込んだところで、アルバの体にはなんの影響も与えない。
故に、ただ突っ込みヨルを吹き飛ばすという構図が成立する。
その理屈を、遅ばせながら気がついたヨルは出てきた鼻血を拭いながらフラフラと立ち上がる。
視界に捉えるのは、ゆっくりと廃墟から姿を現す青白い光を纏った少年が一人。
「……久しぶりに、こっちは沸点越えたんだよ」
冷徹、それでいて慄くような熱の篭った瞳。
それが真っ直ぐにヨルへと注がれる。
「どうしてシェリアを攫ったのか? どうしてミナが必要だったのか? 何が目的だったのか? その問答はここに来るまでにもう終わらせたんだろ?」
俺は興味がない、問題はそこではない。
一歩、一歩と近づいて来るアルバの姿から口にしていないのに言葉が伝わってくる。
「お前、俺の大切な
青白い光が更に立ち上る。
ズジィッ!!! と、何度も弾けるような音がヨルの耳を支配した。
明らかに、この少年は別格。初めに現れた少年よりも、今まで相対した騎士達よりも、魔獣の姫であるミナよりも、この少年の方が遥かに強い。
今日初めて、ヨルの頭に生存本能が生み出す警報が鳴り響いた。
しかし―――
「ふ、ひっ」
ヨルは、起き上がり笑いを溢す。
「いいっ、いいではないかっ! 神に一発ぶん殴る前の食事……どうやら、君がメインディッシュだったな!」
逃げるという選択肢はない。
きっと、この少年は神の御使いを守る騎士だ。
こいつを殺せば、今度こそ神の御使いを殺せる。神を一発ぶん殴れる。
「さぁさぁ、始めよう
「吠えるな、下郎。てめぇに言われなくても、
それが助けた者の責任だ、と。
その言葉を皮切りに、両者が一斉に地を駆けた。
悪役と呼ばれる
ストーリーには一切記述のなかった戦いが、月夜の下で始まった。
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