新居
学園は全寮制ではない。
希望者にのみ寮の部屋が与えられ、それ以外は各々通学という手段を取っている。
あくまで『クリアナ・ファンタジー』が恋愛を主軸に置かれているゲームだから、このような設定になっているのだろう。
ユーザーが喜ぶ登下校シチュエーションを、制作側が逃すわけもない。
遠方から遥々やって来たアルバは、初め「俺も寮かー、過ごしやすい環境だったらいいなー」などと思っていた。
しかし───
「教皇様がお家をプレゼントしてくれましたっ!」
「おぉ!」
イレイナから逃げ切り、無事に制服を確保することに成功したアルバの目の前には、山小屋よりも少し大きいサイズの家が映っていた。
王都の中、学園まで徒歩十分という好立地。国で一番栄えている街故に物価も高いはずなのに、わざわざ家が用意されている。
この目的がシェリアの学園生活のためだけに用意されていたのだから、流石は教皇と言わざるを得ない。
教会の資本も侮ることなかれだ。
「すげぇ、あの人! 二人で過ごしやすいぐらいの家を用意してくれるなんて! 娘溺愛のイカレ野郎だと思ってたのに!」
「イカレ野郎?」
「しかも、ちゃんと農作できるよう庭までついてる! 流石は狂人!」
「狂人?」
発言には気をつけた方がいい。
シェリアの瞳から徐々に色が失われている。
「っていうか、すっかり日が暮れたなぁ」
馬車で何日も移動し、辿り着いて諸々終わった頃には夕方となっていた。
日本では考えられない野性的な生活サイクルを送っていたアルバにとって、夕方はもうお夕飯時だ。
そのため、微かな空腹感がアルバに襲いかかってくる。
「こんだけいい家をくれたんだから、金ももらってるだろ。ここは一つ、美味しいもんでも食べに行こうぜ?」
「もらってないですよ?」
「Really?」
「教皇様からいただいたのはあくまで入学金とお家だけです。生活費はもらってません!」
「おっと、そうだったか」
アルバは財布の中身を確認する。
基本自給自足な生活を送り、公爵家から拝借したお金は全て山小屋に当てていた。
馬車のお金も捻出してしまったため、手元にお金はあんまり残っていない。
「となると、働かなきゃいけないなぁ……山じゃねぇし、全部が全部自給自足ってわけにもいかん」
「大丈夫ですよ、アル! 私はこれから王都の教会でお勤めをしますので、お金は私が稼ぎます!」
「それはもっといかん。美少女に養われるっていうシチュエーションは画面の中だけで充分だ」
現実で同い歳の女の子に養われてみなさい。
情けないのと同時に罪悪感が毎日過ごす度に襲いかかってくる。
アルバとしても、その選択肢だけは取りたくなかった。
「っていうわけで、しばらく学園に通いながら冒険者でもするかねぇ」
「冒険者、ですか?」
「そうそう、冒険者。一応何があるか分からんかったから登録だけしといたんだよ」
このゲームにおいて、冒険者とはなんでも屋だ。
誰かが依頼したことを実行し、お金をもらう。
自身の実績に応じてランクが与えられ、その分受けられる依頼も多くなる。
現在、多くの人間が冒険者でお金を稼いでいるぐらいには、その名前もかなり広がっていた。
「でも、冒険者って危ないことをするかもなんですよね? 大丈夫です、存分に甘えてください! 私はこう見えてもお金をいっぱい稼げるんですから!」
「そりゃ、世界の聖女様が働こうとするだけで湯水の如くお金は出てくるだろうよ」
聖女が女神に与えられた恩恵は凄まじい。
お告げを直接信徒に授けたり、外傷及び病気を治したりと、思っている以上に幅広いものとなる。
そのため、聖女に顔を合わせるだけで多大な寄付金が贈られるなんてよくある話だ。
だからこそ、働いた側の聖女も多くのお金を教会からもらうようになる。
バイト感覚で教会に足を運ぶだけで億万長者になれるなんてすこぶる羨ましいと、アルバくんは切な羨望を向けた。
「でもな、シェリア。ここは男の面子という話なのだよ」
「男の面子……ハッ! なるほど!」
「分かってくれたか」
「はいっ! 男の人がなけなしのしょうもないプライドを振りかざすためによく使われる言葉ですね!」
「分かってくれなかったか」
世の男が聞けば号泣ものである。
「けど、将来……そ、その……一緒に過ごしていくなら、私のお金もアルのものになります、よ……?」
頬を赤らめ、恥ずかしそうに口にするシェリア。
確かに、結婚すれば財産は共有となるのが当たり前。いくら片方の稼ぎが多かろうが、夫婦というのはそういうものだ。
シェリアはお金にこだわっていない。女神を信仰しているだけであり、そのついででお金が入ってくるだけである。
しかし、アルバがお金にこだわるというのであればいくらでも稼ごう。
それぐらいの気持ちを、シェリアは持っていた───
「馬鹿言え、そういうのは将来の旦那さんのために取っておくもんだぞぅぶべらっ!?」
───が、アルバには伝わらなかったようだ。
「痛いっ! 親にぶたれたことがあるかもしれないけど普通に痛ぶべらっ!?」
「……アルのばかっ」
「ぶぶぶっ……何故俺が怒られるのか、ぶぶっ」
たった二発で生まれた腫れ上がった頬を押さえ、アルバは立ち上がる。
どうして怒っているのか? 可愛らしく頬を膨らませているシェリア見て疑問に思った。
「もうっ、行きますよアル!」
「……先輩、
「お夕飯を食べに行くんです! アルのお顔が心配で料理なんてさせられませんから!」
「あなたがやったんですよねっていう言葉は野暮なんでしょうか野暮なんですねかしこまりです」
ズカズカと、不機嫌オーラぷんぷんのシェリアの後ろを、アルバはついて行く。
学園に入学するまで一週間ほど。
明日からの生活はどうしようか? 頬と顎骨に走る痛みに涙を流しながら、アルバはそんなことを思った。
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