学園

次回以降は9時のみの更新です!( ̄^ ̄ゞ


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「……来てしまった」


 聳え立つ校門、その向こうに見える巨大な校舎。

 広々とした道には何人もの人間が出入りし、多くの若者の姿が散見される。

 やはり、ゲームで見るのと生で見るのとは迫力が段違いであった。

 一端のゲーマーであれば、ファンタジーチックな校舎を間近で見られて興奮していたのだろうが、アルバは決してゲーマーではない。

 この中に自分を殺しかねないフラグがいくつもあると思うと、興奮どころか回れ右したい衝動に駆られてしまう。


「うわぁ……凄いですね、アル! おっきいです!」


 一方で、そんなアルバを他所に一人で興奮するシェリア。

 その姿は大変可愛らしく、小さく飛び跳ねているためにウィンプルと艶やかなプラチナブランドが揺れていた。

 世界的な宗教の主軸である聖女なら、これぐらい大きい建物なら見たことがあるだろうに。

 ただ、やっぱり学園という建物に喜んでいるのだろう―――


「人が何人積み上がれば届きますかね!?」


 解釈によっては猟奇的な思考に捉えかねない発言が、正にその証拠であった。


「……お嬢さん、楽しそうですね」

「はいっ、楽しいです!」

「さいですか」


 今日から入学というわけではない。

 こうして事前に足を運んでいるのは、学校指定の制服を取りに来ただけだ。

 貴族であれば使用人達に任せるのだろうが、残念ながらシェリアに聖騎士といった護衛の騎士は今はいない。アルバに至っては死亡扱いの元公爵家の人間だ。

 そのため、わざわざ自分の足で取りに来なければならなかった。

 まぁ、シェリアはめんどくさいどころか楽しそうにしているので問題はないだろう。

 問題があるとすれば、アルバのメンタルと―――


『なぁ、あそこにいるのって聖女様じゃね?』

『うわっ、ほんとだ。聖女様が学園に通うって噂は本当だったんだな』

『っていうか、一緒にいる男の人……どこかで見たことがある気がするんだけど?』


 ヒソヒソと、横切る若者の声が耳に届く。

 出てくる中には手に大きな紙袋を持っていたりする人間もいたため、恐らく学園に通う生徒。

 初っ端から目立っていることに辟易としてしまうアルバであった。


「……お嬢さん、アイドルユニットのセンターを狙っていないのなら早く制服を取りに行きましょう。このままじゃ、新しいステージが始まっちゃう」

「ふぇっ? あ、はい、構いませんよ」


 アルバに促され、シェリアは興奮していた校門に向けて足を進める。

 すると、何故かピタリと自分の背中にアルバが隠れるようにくっついてきた。


「あ、あのー……アル?」

「有象無象から我が身を守りたまえ、主よ……ッ!」

「そんな危ない場所じゃないですよ!?」


 アルバにとっては、世界のどこよりもこの学園の方が危ない。

 身バレこそが生命危機に直結するのだから、思わず信仰していない女神に祈るぐらい目を瞑ってほしいものだ。

 その時———


「は? アル、バ……?」


 ふと、背後から声がかかる。

 ビクッ! と、肩を跳ねさせたアルバは振り返ることなくシェリアの背中に顔を埋めた。


「(ア、アル……どうかされたんですか?)」

「(シェリア、このまま真っ直ぐ歩きません? もしくは、背後をチラッて見てくれるだけでも……)」

「(えーっと、それは構いませんけど)」


 シェリアはアルバに小声で言われ、視線を背後に向ける。

 するとそこには、紅蓮色の長髪と細長い剣を腰に携えた少女の姿があった。

 同い歳ぐらいのはずなのに、どこか大人びた雰囲気を感じる。シェリアが可愛いに振り切っているのであれば、この少女は美しさに振り切っている感じだ。

 しかし、スカーレット色の双眸が何故か信じられないものでも見ているかのように揺れていた。


「(お知り合いですか?)」

「(お、恐らく?)」

「(なるほ、ど?)」


 となれば、このまま無視をした方がいいかもしれない。

 基本心根の優しいシェリアは無視することにいつもなら抵抗感を覚えるが、今回に限ってはそうも言ってられなかった。

 アルバは元公爵家の人間だとは知られたくない。自分もアルバの素性が公になることも望んでいないし、ここは素早く退散した方がいいと判断する。

 故に、二人はそのまま足を進めようと―――


「待ちなさいよ」


 ―――したところで、ガシッとアルバのが掴まれた。


「(た、助けてくださいシェリア様っ! 何故かわたくしめのこめかみが先程から不穏な音が……いでででっ! なんか「ポキポキ」って……もう頭から鳴っていい音じゃなくね!?)」

「(こ、ここまで来ればちゃんと話して誤魔化しましょう! か、髪の色を変えているので大丈夫ですよ!)」


 肩を掴まれているのに逃げ切れるわけもなし。

 ここは大人しく振り向いて誤魔化した方が賢明だろう。

 シェリアの言葉にアルバは「あい分かった」とサムズアップを見せ、ゆっくりと……逆に堂々とした態度で振り返る。


「いかがしましたか、お嬢さん?」

「あんた、アルバよね?」


 アルバは気がついた。

 この特徴的な赤髪———間違いない、だと。

 ペルシア公爵家の一人娘、イレイナ・ペルシア。

 騎士一家の生まれにして、女性にして多大なる才能を持って生まれた才女であり、アルバの幼なじみ兼婚約者だった女の子である。

 堂々とした態度こそ見せているが、アルバは内心泣きそうであった。

 あぁ、世界って本当に俺に厳しい、と。


「いいえ、人違いではないでしょうか? 私の名前は聖騎士見習いのアルですし」

「『バ』を抜いただけじゃない」


 確かに。


「いえいえ、きっと人違いではないかと―――なぁ、シェリア」


 疑われきった瞳。

 もう、これを誤魔化すのには限界がある。

 ここは多勢に無勢、一人の力ではなく二人の力で協力してイレイナを誤魔化すしかない。

 アルバは、期待に満ちた瞳でシェリアに訴えかけた。

 すると、瞳に篭った熱が伝わったのか、シェリアは大きく頷くとアルバとイレイナの間に立ちはだかる。

 そして———


「アルはアルですっ! 元公爵家のアルバじゃないですし、家から飛び出して会うのが気まずいアルバでもありませんっ! 決してお知り合いに出会って必死に誤魔化そうとしているわけじゃないんです! 絶対に違うんです!」


 最悪だ。


「えーっと……あなたは聖女様ですよね? 何故、こいつと一緒に?」

「だ、だから違うんですっ! アルバはアルバじゃないですし、公爵家のアルバじゃなくて公爵家から逃げてきたアルバで―――」

「これ以上の発言はやめるんだ、シェリア! もう墓穴どころの話じゃない!」


 見た目性格からも想像がつくように、どうやらシェリアは嘘が苦手なようだ。

 もうすでにアルどころかアルバと呼んでしまっている。


「あんた、こんな髪に変えてから一体何してたわけ? アルバが死んで、私がどんな気持ちだったか分かってる?」

「いただだだだだだだっ! 待って、悪役の構図がどっちか分からなくなるゥ!」

「そもそも、髪色を変えた程度で誤魔化せるわけないでしょ。何年一緒にいたと思ってんの?」

「どんだけ俺に恨み持ってんのこの人いだだだだだだだだだだッッッ!!!」

「わわっ! 離してくださいっ!」


 本当に怒っているのだろう。髪を掴んでいる手の力が凄まじかった。

 アルバは毛根の長寿を心配しながらも涙目になる。

 だからこそ、これ以上はマズいと―――イレイナの手首の関節を掴み、そのまま曲げて頭から手を離させる。


「ッ!?」


 一瞬怯んだ隙。

 アルバはシェリアを抱えると、一気に足に力を込めた。


「きゃっ!」

「戦略的撤退! ここは旗色と毛根が悪い!」


 その瞬間、アルバの周囲に青白い光が生まれる。

 そして、突風が吹いたかと思えば―――イレイナの視界から、アルバの姿が消えていた。


「ちょ……ッ!」


 取り残されたイレイナはその場で立ちすくんでしまう。

 消えたのと同時。タイミングがいいのか悪いのか、一緒に来ていた護衛の人間が後ろから走ってやって来た。


「お待たせしました! 馬車の用意ができ……って、いかがなされましたか?」

「ん? 何かしら?」

「いえ、どこかその……瞳に涙が浮かんでいますので」


 騎士がイレイナに向かってハンカチを手渡した。

 それを受け取り、ハンカチを目に当てた時に自分が泣いているのだとイレイナは気がつく。


「……そう、ね」


 イレイナは小さく笑う。


「目にゴミが入っただけよ」


 そして、騎士の心配を無視してその横を通り過ぎるのであった。














「うぉーん、うぉーん! こめかみと毛根がさぁ、痛いのよォー!」

「よしよし、頭なでなでしてあげますからね、アル」

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