友人同士の争い

 異端者というワードは、世間では禁句とされている。

 自我を持たず、理性を失っている魔獣との間に生まれた子は教会だけでなく一般的にも嫌われる存在。見つければ、騎士団が派遣されて討伐されてしまう対象。

 ストーリーでは、どこかのストーリーにチラッとテロップに書かれてある程度だった。アルバが聞いたとしても、朧気にしか覚えていないために首を傾げることになるだろう。

 しかし、ゲームのキャラクターであり、この世界の住人であるイレイナは違う。


(まさか、ミナが異端者だったとはね……)


 距離を詰めている最中、イレイナは数秒の思考の間でふと思う。


(こんな異端者、聞いたことがないわ)


 自我を持っていない魔獣だからからこそ、生まれてしまった異端者も同様に自我がない。

 あったとしても学習能力は乏しく、まともに会話すらできないはず。

 だが、目の前にいるミナは違う。まともに会話もできていたし、満足に意思疎通もできていた。

 それどころか、こうして異形の姿を見せていなかったら恐らくずっと人間として接していただろう。


「驚いたでしょ」


 鋭利な詰めを横薙ぎに振るいながらミナは語る。


「私みたいな異端者は珍しいよ。こうして話せているし、見た目も人の形でいられるしね」

「あら、じゃあ今の姿が本当の姿なの?」


 イレイナは剣で側面を受け止める。

 ずっしりと重く、踏ん張っておかないと吹き飛ばされそうな力。とても華奢な女の子から放たれる一撃とは思えなかった。


「……運がよかったんだろうね。多分人間の方が表で、裏がこっちなんだと思うよ。意識しないと変えられないし、から」


 ミナの背中に生えている翼が震え始める。

 違和感を覚えたイレイナがその場から飛び退いた瞬間、己のいた場所へ翼が突き刺さった。


(あっぶ。こんなの食らったらひとたまりもないわね)


 イレイナは顎についた汗を手の甲で拭った。

 視線の先には、アスファルトでできた廊下が抉れている光景。人体に当たればどうなるかなど、想像に難くない。

 流石は魔獣の血を継いでいる存在。一撃の力が人間のソレではなかった。


「……こんなに強いなら、アルバに助けられなくても一人でなんとかできたんじゃないの?」

「流石に公衆の面前で魔獣化するわけにはいかないよ。あそこでこんな姿になっちゃったら、それこそ私は殺されてたし」

「それもそうね」

「……だからこそ、アルバくんには感謝してる。こんな私に温かい手を差し伸べてくれたんだから」


 ほんのりと頬を染め、ミナはそのまま翼を振るってきた。


「といっても、もう絶対に差し伸べてもらえないだろうけどね」


 窓ガラスに当たるか当たらないかの、ギリギリの距離。イレイナは駆け出して滑り込むようにして躱していく。


(クッソ、ちゃんと被害を出さないよう計算しやがって。これじゃあ、いつ気づいてくれるか分からないじゃない!)


 イレイナの目的はミナを討伐———ではない。

 いかに時間を稼いで、教師や生徒に見つけてもらうか。

 見つけてさえもらえれば、こうして被害を出さないよう配慮をしているミナなら手を止めるだろう。

 それに、己が異端者であると露見してしまえば学園にいられなくなる。最悪、そのまま討伐されることだってあり得るのだ。

 時間を稼いで、誰かに見つけてもらう。イレイナとて殺し合いなんかしたくない。

 落ち着いたところでしっかり話し合えば、シェリアが犠牲になる必要もない方法を探せるだろう。

 一番親交の深いアルバをシェリアが呼んできてくれれば、ちゃんと耳を傾けてくれるはず。


(きっと、今は頭に血が上って退くに退けなくなっているだけ。だから―――)


 懐に潜り込み、太股目掛けて剣の側面を振るっていく。

 その時、ふとミナの視線が下を向いた。


「……舐めないでよ、イレイナちゃん」


 ちょうど同じタイミング。

 ズンッッッ!!! と、イレイナの腹に重たすぎる蹴りが入り込んだ。


「か、ハッ!?」

「魂胆見え見え。私が今更誰かに見つかった程度で止まると思うの?」


 イレイナは直線上の廊下を何度もバウンドしていく。

 肺からの空気から洩れ、転がった最中に口の中でも切ってしまったのか息を吸っている最中に血の味がした。

 なんて重さだと、必死に空気を肺に入れるイレイナは思う。

 まるで馬車にそのまま轢かれてしまったみたいだ。


「確かに突発的に起こしちゃったけどさ、私の決心はそんなものじゃない。好きな友達を傷つけてまで行うこの行動に、私は……」


 ゆっくりと、ミナは歩いてくる。


「こんな私をさ、お父さん達は森の中で拾ってくれたんだ。異端者を匿うってことがどんな意味を持つか知ってるのにね。お母さんは本当のお母さんのように接してくれた。妹はね……私にお花の冠を作ってくれたんだ。プレゼントだよ、って」


 だから、と。ミナは廊下を駆ける。

 鋭い爪を拳を握ることで隠し、眼前に現れた瞬間に大きく振り上げた。



「だから、私は畜生に堕ちても助けなきゃいけないの、私の全てを捨ててでも大事な家族のためにッッッ!!!」



 イレイナはすかさず大振りのモーションの合間を縫って反射的に首へ剣を向けた。

 いくら力が大きいとしても、動作が大きければ隙が生まれる。

 反射的に体が動いてしまったのは、今まで培ってきた騎士としての経験と、有り余る才能が故だろう。

 しかし―――


(……こんな時、今のあいつアルバならどうするんでしょうね)


 イレイナは剣を寸前で止めた。

 眼前に映る、必死でありすぐにでも折れてしまいそうな……瞳に涙を浮かべる、ミナの顔を見上げて。


(でも情けないバカは、あなたの決断を受け止めきれないわよ)


 だからこそ、イレイナの意識がその場で暗転した。

 冷たい地面の感触だけが、一瞬だけ全身を襲う。


「…………」


 地面へと横たわったイレイナを見て、ミナはその異形の姿を見慣れたものへと戻していく。

 そして涙が浮かんだ瞳を拭って、ゆっくりとその場から足を進めたのであった。



「……優しすぎるよ、イレイナちゃん」

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