目的の変更
(アルはどこに……)
学園の校舎は広い。
各地から貴族ばかり集める王族管轄の学園だからか、王都にあるのにもかかわらず凄い敷地面積だ。
だからこそ、人一人を捜すのには苦労してしまう。
教室、一学年のフロアを回っていったものの、大好きな彼の姿は見当たらない。
それも当然。シェリアは知らないが、アルバは現在ミナを捜すために色々なところを回っているのだ。
思いつく場所ばかり捜していれば、見つけたい人も見つかるわけがない。
そして───
「見つけた」
コツン、と。背後からそんな声が聞こえてくる。
どうして、こんな周囲に誰もいない最悪のタイミングで現れるのだろうか? シェリアは己の行動を悔いてしまう。
教師のいるところにいれば、もしかしなくても彼女は姿を現さなかったのかもしれない。
しかし、そう合理的な判断をしなかったのは……心の隅で不安が最も安心できる人物の傍にいたいと思わせたからなのかもしれない。
ゆっくりとシェリアは後ろを振り向き、大きく息を吸い込んで心を落ち着かせた。
「……イレイナさんは?」
「殺してないから安心してよ。眠ってもらってるだけだから」
「そう、ですか」
振り向いた先にいるミナの姿は、家で出会った時の姿と同じであった。
きっと、途中ですれ違うかもしれない生徒のことを考えてだろう。
ただ違うのは───とても、折れてしまいそうなほど苦しそうな表情であること。
(……この状況では、アルに会いに行くのは難しそうですね)
戦闘能力に関しては、自分はどこにでもいる女の子とそう変わらない。
イレイナを倒した相手だ、抵抗してもすぐに無力化されてしまうだろう。
(でしたら───)
目的を切り替えろ。
どうせ捕まるのであれば、己にできることを。
「私を、連れて行ってください」
ミナの妹を助ける。
きっと、自分の好きな
それに、私は彼のことを誰よりも信じているのだ。
(きっと、捕まった先にミナさんの妹さんもいるはずです)
自分が捕まったから解放される───なんて楽観的で安易な信用はしない方がいい。
何せ、相手は友人を傷つけることに涙を浮かべる……こんな優しい子を脅迫して利用しているのだから。
隙を見て、ミナの妹を逃がす。
自分のことはアルバに任せよう。私の
だから、目的を切り替えて己にできることを。
シェリアは心の中で固い決意を再度する。
「……本当に、ごめん」
直後、シェリアの後頭部に重い衝撃が加わった。
固い決意が胸にあるものの、シェリアの意識は綺麗に暗転する。
♦️♦️♦️
「ユリスくん、早く帰ろうよぉ〜」
校舎裏、人気のまったくないところで、幼なじみの少女は頬を膨らませていた。
明らかに誰でも分かる可愛いらしい不機嫌アピール。
だけど、そんな可愛らしい不機嫌アピールを無視して、ユリスは一人辺りを見渡していた。
「ちょっとだけ待って。もう少し探したいから……」
「探したいって、何を?」
「なんか、この辺りから魔獣の気配がしたんだ」
これはユリスに与えられた特別な能力───ではない。
ただの野性的な勘。
だが、主人公補正故か……その勘は酷く当たってしまう。
校外学習の時にアリスを追い掛けることができたのも、この勘が働いて真っ先に動いたからだ。
そのことを、幼なじみであるアリスはよく知っているし、よく当たっていたのも知っている。
とはいえ、そんな根拠もない勘に振り回される側は困りようだ。
「はぁ……校外学習の時は森だったけど、ここは学園だよ? 先生達もいるし、王都のど真ん中だし、魔獣なんて出るわけないじゃん」
学園は大きな敷地を囲うようにして外壁が設けられている。
たとえ王都の中に魔獣が現れたとしても、聳え立つ外壁を越えなければならないし、唯一の入り口である門には衛兵が在中しているのだ。
何かあれば必ず誰かが気づくようになっている。第一、壁を越えてやって来るような魔獣が現れて、王都を管轄している騎士が見過ごすとは思えない。
「んー……それはそうなんだけど」
アリスの言葉に筋が通っていると分かっていても、どこか納得しきれない様子のユリス。
その時───
「ん?」
陽射し差す中、ふと頭上から影が映り込んできた。
何事かと、ユリスだけでなくアリスも同じように上を向く。
するとそこには、狼のような形をした魔獣の姿があった。
「嘘ッ!? マジのマジなの!?」
「やっぱり」
「もぉー! なんでこういう時もユリスくんの勘は当たっちゃうかなー! ってか、外れたとこ見たことないし凄いねおめでとうッッッ!!!」
今すぐ先生を呼ばなきゃ、と。アリスはその場から離れようとする。
しかし、寸前でユリスがアリスの肩を掴んだ。
「え、ここで止める!? 早く先生呼ばないと、皆に被害が出ちゃうかもしれ───」
「……ねぇ、アリス。確か君って目がよかったよね?」
「う、うん……結構いい方、ではあると思うけど」
「じゃあ、魔獣と一緒にいる子って誰か分かる?」
ユリスの神妙な顔を見て、アリスは急いで目をこらす。
村の中でも一番目がよかった少女の瞳には、確かにユリスの言っていた通り誰かが背中にもたれ掛かるようにして乗っている姿が映った。
艶やかなプラチナブロンドの髪が、外壁に乗った魔獣の毛と一緒に靡いている。
その髪と体格は、つい最近出会った女の子と似ていて───
「聖女様!?」
「……ッ! やっぱり」
二人がそれぞれの反応を見せていると、魔獣は外壁を越えて学園の外へと出ていってしまった。
ユリスは腰に携えた剣を確かめて、すぐさまその場から急いで駆け出す。
「アリスは教師……ううん、アルバくんを呼んできて! 僕はあいつを追う! この前渡した通信魔道具は持ってるよね!?」
「校外学習のあとに心配だからってくれたやつだよね!? 持ってる! これで何かあったら伝える!」
アリスは魔獣を追い掛けるユリスを止めることなく、己もその場から駆け出した。
一人は校舎、一人は学園の外へ。
一体どうなっているんだと、走り始めたユリスは歯噛みする。
「絶対に、恩人の大切な人は守ってみせる……ッ!」
偶然ではある。
しかし、それでも
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