破滅フラグ回避のため山奥へ引き籠っていた最強の悪役は、助けたヒロインによって表舞台へ立たされる
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
突然だが、『クリアナ・ファンタジー』という恋愛アクションRPGがある。
プレイヤーの裁量に多くの要素が委ねられたゲーム性、魅力的なヒロイン、種類豊富なストーリー。
アクションを楽しむのもよし、ヒロインとのハッピーエンドを目指すのもよし。
誰でも楽しく遊べることから、『クリアナ・ファンタジー』は一時期有名作として世に広まっていった。
―――その中で、アルバ・イレシアというキャラクターがいる。
キャラのスペックや公爵家の生まれというステータスは高いものの、傲慢で癇癪持ち、自堕落で女遊びが激しいといった、全てのクズ要素を集めたキャラクターだ。
そのため、あるヒロインのルートではアルバがラスボスになったり、途中主人公からの報復を受けたりなどといった自業自得の悲劇によって全てのルートで死んでいった。
そんなキャラクターは、現在―——
「うむっ、清々しい朝だ!」
照らす陽射し、頬を流れる汗、心地よい春風と耳に届く小鳥の囀り。
それらを受け、山々に囲まれながら白髪の少年は鍬を片手に畑を耕していた。
「今日は素晴らしい農作日和! 朝から肉体労働なんて初めは泣きそうだったけど、今となっては生きてる証がする!」
小さな山小屋をバックに、少年は気持ちのいい笑顔を浮かべていた。
その姿は、正に立派な農夫の息子そのもの。
ただ、一つ言わせてほしい―――この少年、実は農夫の息子でもなんでもない。
アルバ・イレシア。
イレシア公爵家の次男にして、『クリアナ・ファンタジー』に出てくる生粋の悪役だ。
傲慢で自堕落。誇り高い貴族であれば優雅に屋敷のベッドに転がっていそうなものなのだが、何故かこの少年は平民がするような農作をしている。しかも、屋敷ではなく人の気配もまったくない山の中で。
その理由は―――
「いやぁ……アルバに転生して三年、屋敷を飛び出して二年かぁ。早いもんだな、時間が経つのって」
アルバには前世の記憶がある。
平和な日本で生まれ、平和な日々を過ごしていたごく普通の少年だ。
その少年は『クリアナ・ファンタジー』をプレイしていた。
しかし、激しいゲーマーだった……というわけではなく、単に話題だったからプレイしていた極めて普通程度。
詳しくシナリオも内容も覚えてはいないが、アルバというキャラクターがどのルートでも死ぬ悪役だということは知っていた。
だから、アルバは家を飛び出した―――ゲームの舞台である学園に通う前に、破滅フラグを立たせる前に。
結果、今のようなどこかも分からない街で自給自足の生活を送っているというわけだ。
(アルバくんが思った以上に嫌われててよかったよ。おかげで、誰の心配も注意も受けることなく家を出られたんだし)
アルバは懐かしむ表情を浮かべながら、再び鍬を動かしていく。
その時だった―――
「アルバ! お手紙取ってきましたよ!」
綺麗に整備された道の少し先。
そこから一人の修道服を着た少女が、持った手紙をアピールするかのように振って近づいてくる。
ウィンプル越しから覗く艶やかなプラチナブロンドの長髪。愛くるしく端麗であどけなさの残る顔立ち、整った鼻梁に長い睫毛、小動物を連想させる小柄な体躯はとても可愛らしい。
街を歩けば間違いなく誰でも振り向いてしまいそうなほどの美少女であった。
「ありがとう、でも催促のお手紙はちゃんと燃やすんだよ」
「借金はちゃんとお支払いしないとダメですよ!?」
「馬鹿言え、借金は踏み倒してこそだろう? 家を飛び出して自給自足に勤しむボーイに金があると思ってんのか」
「誇らしげに言うことじゃないですからね!?」
もうっ、と。少女は可愛らしく頬を脹らませる。
そんな姿が愛らしく、アルバは思わず衝動的に頭を撫でてしまった。
警戒心が緩いのか、それともアルバに懐いているからか、異性からの手へ少女は気持ちよさそうに目を細めて頭を預けた。
「えへへっ……」
アルバは少女の小さな頭を撫でながら思う。
(ほんと、初めは攻略対象と関わるつもりなんてなかったのになぁ)
攻略対象の一人、シェリア・マーガレット。
世界的大宗教が崇める女神に仕える、この世に五人しかいない聖女の一人である。
治癒に長け、災いを予知できるといった稀有な存在は世界的に有名な人物だ。
その存在が、まさか目の前にいる甘えたがりの女の子だとは思わないだろう。
ゲームの知識がなく、金の装飾をあしらった修道服などシェリアが着ていなかったら、きっと聖女など誰も連想しなかったはずだ。
破滅フラグを回避したかったアルバが、関わるまいとしていた人間。
なのに、今はこうして目の前にいる。なんなら、背後に映る小屋で一緒に過ごしている。
どうしてか? それは―――
「どうかしたんですか、アルバ?」
「ん? いや、シェリアと出会った時のことを思い出してな」
「ふふっ、アルバが私を助けてくれた時のことですね」
懐かしいです、と。シェリアは少し前にアルバが見せた表情と同じ懐かしむ顔を見せた。
「あの時、アルバがいなかったら私は……」
「まぁ、今生きてるんだからいいじゃねぇか。護衛の騎士のことは、申し訳なかったが」
「そ、そんなことはっ! アルバが謝ることなんてありません! 私はアルバに感謝する立場なんですから!」
シェリアは勢いよくアルバの胸に飛びつく。
胸に顔を擦りつけてくる行動は、感謝をめいいっぱい伝えようとしているからか。
アルバは苦笑いを浮かべて「分かったよ」と、華奢な体を受け止めて頭を撫で続けた。
この光景だけで二人の仲のよさが窺える。
「感謝なんて今更すんなって」
「でも、恩返しがまだできてないです……」
「前から言ってるだろ? 俺は別にお礼がほしくて助けたわけじゃねぇよ」
言葉の続きを、アルバは揺れるシェリアの瞳を見据えて臆面なく言い放った。
「助けたいって思ってしまったから助けた。そんだけだ」
その言葉を受けて、シェリアの顔が急激に真っ赤に染った。
「あ、あぅ……」
「どうした? 顔、真っ赤だぞ?」
「な、なんでもないですっ!」
シェリアはアルバから勢いよく離れると、すぐさま背中を向ける。
すると赤くなった頬を両手で押さえ、小さく呟き始めるのであった。
「(も、もぅ……アルバには困ったものです。ズルいです、女たらしですっ! で、でも……そんなことろがかっこいいというか、大好きだっていうか……)」
何ブツブツ言ってんだろ? 生粋の鈍感アルバくんは首を傾げるだけであった。
「そ、そういえば、ついにきたんですよっ!」
首を傾げるアルバを他所に、シェリアは唐突に話題を切り替える。
分かりやすい顔から誤魔化しているような感じが見て取れるのだが、アルバはあえて口にしなかった。
「何がきたって?」
「お手紙ですよ、お手紙! ついに教会からお手紙が届いたんです!」
シェリアは持っていた手紙の封を手で器用に開ける。
しかし、その寸前───シェリアの手が止まった。
「アルバは……」
「ん?」
「アルバは、私と一緒にいてくれますか?」
更に唐突。
いきなり何を言ってんだろうか? そう思ったが、別に深いことではないだろうと素直に答える。
「まぁ、助けた責任ぐらいは取るさ」
アルバとて、こんな辺鄙な山奥に執着も思い入れもない。
今は一緒に暮らしているが、シェリアは聖女で、いつか教会に帰らなければいけないというのは分かっている。きっと、今回はそういう手紙だろう。
だから、シェリアが望むのであれば一緒に行くのも悪くない。
そう、アルバが嫌なのは学園に行くことだけなのだから。
(むしろ、可愛い女の子と一緒にいたいって思うのは男の性だしな)
攻略対象と関わってしまったなら仕方ない。どうせなら全力で恩恵を預かろうじゃないか。
今のアルバは、そんな欲望に素直な考えしかなかった。
「ふふっ、ならよかったです! 私も、アルバと一緒にいたいですから!」
肯定を聞いたシェリアは嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。
そして、すぐさま開けた手紙をアルバに見せつけるように突き出した。
そこには【クリアナ王立学園入学のご案内】という文字が―――
(あ? ちょっと待て、この名前って……)
あれ〜? これって確か『クリアナ・ファンタジー』のゲーム舞台だったような〜?
アルバの引き攣った笑みが中々戻ならい。
だから心を落ち着かせよう。先程から冷や汗が酷いし、一回水浴びでもして、それで───そう、小屋へ回れ右をしようとしたところで……シェリアの手ががっしりとアルバの腕を止める。
まるで逃がさないよ、とでも言わんばかりの力で。
「ちょっとお嬢さん、わたくしめは今から爽やか朝シャワーを───」
「というわけで、一緒に学園へ行きましょう、アルバっ!」
「嫌じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
───これは、悪役に転生してしまった一人の少年のお話。
表舞台から消えたはずの存在が、再び表舞台に(強制的に)立たされてしまう物語である。
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次話は12時過ぎに更新!
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