「共感」か「好感」か
先日ある商業作家さんの作品レビューで、
「登場人物に共感できなくて途中で読むのをやめた」
とあるのを見かけました。
それ、硬派な歴史小説の上に舞台が外国だったんですが…。
しかし、その発想はなかった。
私の場合、登場人物に「好感」がもてなくて読むのをやめる、というのはよくあるけれど、「共感」できないから読まない、というのはほとんどないので。
「共感」と「好感」は似て非なるもので、
「共感」は自分のことのように感じられること、「好感」は外面的にその人物を「好きだな」と思うこと、と理解しています。
書き手のひとりとして、キャラクターに“共感”してもらえたのならそれは嬉しいのですが、人外とか変態とかに“共感”できるかと言われたら、それはその人が人外か変態かのどちらかなので、両者を比較した場合に大切なのは、“好感”がもてるかどうか、ではないでしょうか。
言い方を変えれば「推せる」かどうか。
「共感」してもらうのは難しくても、「好感」は抱いてもらいたい。少なくとも、作者の目からしても“嫌なヤツ”は書きたくないし、主人公として書き続けることは難しい。
私は慇懃無礼な悪人が好きなので、そういうキャラクターだとつい点が甘くなってしまうのですが(笑)。
なにしろ、ジョージ・R・R・マーティン著『氷と炎の歌』シリーズの登場人物、ティリオン・ラニスターが好きすぎて、彼が生きていることを確かめるためだけに(同シリーズは重要人物でもホイホイ死ぬ)、しばらく飛ばし読みしながら小説を追っかけていましたから。
ティリオンは、もちろん世界も違えば、性別は男性、おまけに矮躯(
世間様から見て多彩な欠点(悪徳)を持っていたとしても、読み手の好みとたまたま一致する長所(美点)を持っていれば、
自分で書くかどうかはともかく、大抵の残虐行為には免疫を持っている書き手ではありますが、過去本当に胸糞描写に出遭ったことがあります。
タイトルも作者も胸糞すぎて忘れましたが、当時雑誌連載されていた作品で、若い男が三世代同居の家に立てこもり、そこの住人にいろいろひどいことをする。
たとえば夫の目の前で妻を犯したり、父親の前で娘を犯したり(夫=父親も暴行を受けていたか犯されたりしていたかも)、老母に暴行したり…。
他のことはどうあれ、野田サトル『ゴールデンカムイ』の尾形百之助並みにおばあちゃん子の私の目には、「老婆に暴行」は実にサイテーな行為に映ったものです(他のことだって相当だけど)。
最終的にそのクソ野郎は逮捕されるのですが、彼が何故そんなことをしたのかという理由が最後に明かされます。
「不治の病に侵された婚約者の生命維持装置を外すかどうかで悩んでおり、そんな冷酷な決断ができるほどの強い意志を手に入れるため、残酷な行為を行った」のだと。
それを読んだ私の脳裏に浮かんだのはただ一言
「は? 死ねよ」
でした。
このクソ野郎も、こんなクソ野郎に愛されているとかいうその死にそうな婚約者の女も、絶対ロクな奴じゃない。
ちなみに、ラスト近くで描かれている婚約者の女の子は、いかにも純粋で、(読者としては完全なクソ野郎としか思えない)恋人を信じている、“いい子”なんですけどね。それがまたあざといというか見え透いているというか、なんというか…。
生命維持装置(人工呼吸器)を第三者の手で取り去り、愛する人の命を失わせることは、無関係な第三者を理不尽に痛めつけることと同じくらい不道徳・非倫理的なんですよ…という問題提起をしたかったのかもしれませんが、もし作者がこの「非情な決断をしなければならないことに苦悩している若者」に“共感”してもらおうとしてこの設定をしたのであれば大失敗もいいところですし、よほどのサディストならともかく、単純に拷問を楽しんでいるようなクソ野郎に“好感”をもつことも、おそらく困難。
が、ここでハッと思い至ったのが、
「もしかしたら作者は読者に、思いきり『なんだこのクソ野郎は』と思わせるためだけに、この胸が悪くなるような話を書いたのではないか? だとしたらここでムカムカするのは、作者の思うつぼということになりはしないか?」
だって、国語の試験ではよく問われますよね、「作者の考え」とか「登場人物の考え」が。
私はこの手の問題がめちゃくちゃ苦手で、論説文ならともかく小説だと、まず外す。
TOEICを受けた時も、長文の設問で話者の思惑を問われる問題(この人は本当は何を言いたかったのでしょうか?)だけ得点がダダ下がりしていて、「空気の読めない奴」と同僚に笑われる始末。英語もかよ。
…まあ、これは書き手としての技術的な感想(?)なのですが。
第一、作者が本当に読者の胸をむかつかせようとしてそんな話を書いたとして、一体何の益があるのか全く分からないのですから。
まともな倫理観の持ち主なら、犠牲者の方に「共感」して、吐き気がして途中で読むのをやめるでしょうし、編集部は苦情の電話で炎上、需要があるのはごく一握りのサドマゾヒストだけ。
そして私は、たとえ他人に共感する能力が著しく低かろうと、
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