どこで神に出逢うかはわからない

 ミリタリーと宗教(オカルト)にBLを掛け合わせるという文字通りのファンタジーを書いている書き手ですが、小学生の頃は反戦教育の下で育ちました。

 毎年8月には反戦集会があって『火垂るの墓』が上映され、ひめゆり学徒隊のことも知っていたし、『はだしのゲン』も読み、広島(長崎)出身でもないのに「原爆を許すまじ」は今でも歌える……。

 「戦争は悲劇」なので「絶対やってはいけないこと」で「軍隊は住民を守らない」し「日本軍はろくでもない」と思っていました(その思いの一部は現在も変わらないのですが)。


 ところがその、毎年反戦集会に参加する学童保育に一冊の本があったのです。

 もうタイトルも忘れてしまいましたが、内容はこんな感じ:

「ひとりのゼロ戦パイロットが、南太平洋上での空中戦で米軍機に撃たれ、片目を負傷し背面飛行になりながらもラバウルの航空基地へ帰ってくる」。


 このパイロットが誰だったかも覚えていない中(後年見聞きした感じでは、坂井三郎ではないかと思うのですが、思い出は思い出のままにしておくことが美しい場合もあるので、コメント欄で教えていただくには及びませんからね!)、狭い操縦席で「ラムネと巻き寿司を食べる」というシーンだけは妙にハッキリ記憶しています。

 子供心に「組み合わせが合わないんじゃないか」「そんな緊張下で食べたら巻き寿司が喉に詰まりそうだな」と思うほど印象的だったからでしょう。


 で、この片目を失いそうになりながらも帰還した日本海軍航空隊パイロットの話を読んだ反戦少女の抱いた感想はというと――「ゼロ戦ってカッコいいな!」でした。

 ええマジで。今の今まで、戦争の悲惨さについて胸を痛めていたというのに。

 この日を境に、私の興味は「戦争という概念・状況」+そこで使われる兵器・人員・その他もろもろ、へと向かっていったのでした。誰にも言えないまま。


 時は流れ、「特技はひと目見ただけでどこの軍服かわかることでーす」(家庭教師アルバイト先の教え子の言葉)という隠れミリオタになっていた大学時代。

 英会話スクールに通っていた私の前にひとりの講師が――


Eric(以下E):Hi.僕はエリック。カナダの出身だよ。今日のテーマだけど…趣味の話にしようか。ひとりずつ趣味を教えてね。


 何を隠そう、私はこの質問が世界で一番嫌いなのです‼(二番目は「何の本読んでるの?」)

 他の生徒さんは「旅行」「釣り」「映画鑑賞」などスラスラと趣味を答えていく。それに対して「これまでどこに行ったことがあるの?」「最近観たのは何?」と掘り下げるエリック。

 しかし、グループレッスンなので逃れるすべはない。ついに私の番に。


E:で、杏の趣味は何?

私:(小説書いてるなんて言えないしな…何書いてるのって聞かれても、ファンタジーとかBLなんて口が裂けても言えないし…)…絵を描くことです(ウソはついてない。絵描く)

E:題材は? 車とか?

 と、壁にかかっている絵を指さすエリック。

私:(えー…一番描いてるの軍服ミリタリー・ユニフォームなんだけど絶ッッ対言えない!!)…飛行機です(ウソはついてない。ついでに戦闘機のイラストも描いたことある)

E:ヒコーキ? 旅客機?

私:(なぜそこツッコむ?!)…いや戦闘機ファイター・エアプレーン

 途端にエリックの目がキラキラ輝き、

E:戦闘機?! 僕もねーゼロ戦が好きなんだよ! ゼロ戦は好き?!

私:(ゼロ戦好きだったのは昔のことなんですよ…!)わたしが好きなのはメッサーシュミットで…(何故正直に答える?!)

E:そうなんだ~メッサーシュミットもいいよね! パイロットは誰が好き? サブロー・サカイって知ってる?

私:(ゼロ戦に日本人パイロット?! カナダって連合軍側では?? 敵方が好きなんて言っていいの?!)ええとその人は知りません…エーリヒ・ハルトマンが好きですが……(どっちかっていうとハンス=ヨアヒム・マルセイユの方が好きなんだけど、世界一のエースパイロットだから知ってるだろう…)

E:ハルトマンは僕も好きだよ! そうだ今度サブロー・サカイの『大空のサムライ』っていう本持ってきてあげるね!

私:(ええ?! いや遠慮したい…)…ありがとうございます。


 容易に想像がつくと思いますが、もう周囲は ド ン 引 き でした。

 英会話スクールでドイツ機の名前なんか発音するハメになるとは思ってもみなかった…うう、今思い出しても胃が痛い。

 ちなみに会話はほぼ脚色ナシです。私がいかに“その話はしてほしくない”オーラを出していたのかがお分かりいただけたのなら嬉しい。


 後日本当にエリックは『大空のサムライ』を持ってきてくれたのですが、もちろん英語。

 それでも「日本人が書いた英語の本なら何とかなるだろう」と思って律義にチャレンジしたものの、


私:すみませんエリック、これはわたしには難しすぎました…

E:そう? じゃあ今度はハルトマンの写真集を持ってくるね!

私:いやあの…(やめてマジでラウンジの皆引いてる!)


 そしてやはりエリックは約束を守り、巨大な写真集を貸してくれたのでした。 

 どのくらい巨大かというとですね、ハードカバーな上に正方形なので、A4サイズの入るトートバッグやリュックには入らないのですよ。抱えて帰りました。表紙に大写しになったエーリヒ・ハルトマンの笑顔が可愛かったこと…。

 ※ご存知ない方のために言っておくと、ごついドイツ人の中にあって、例外的にハルトマンは“赤ん坊ブービィ”と呼ばれるくらい金髪の童顔ベビーフェイスなのです。ちなみにマルセイユは文句なくイケメン。――と、こう書くと、私が顔(と機体のカッコよさ)だけでパイロットを選んでいるように誤解されるかもしれませんが、「醜い」と言われがちなJu87急降下爆撃機スツーカも好きで、1939年のポーランド侵攻の際の映像は空母艦載機離着艦シーンと並んで何回見ても飽きません。米海軍のF4Uコルセアも好きなので、逆ガルウイングが好きなのかも??


 さらにエリックはドイツ空軍パイロットが書いた英語の本『HEAVEN NEXT STOP』も貸してくれました。

 借りっぱなしでは悪いと思った私は、「戦闘機パイロットの漫画読みますか? 日本語ですけど」とアンソロジーを一冊貸し、というか押しつけ…エリックはそれを持ったまま体調不良のため母国へ帰国してしまい(それ絶版なのに!)、現在まで私の手元には『HEAVEN NEXT STOP』が残っています。


 まあ、BLはともかくとして、ミリタリー趣味を他人に言ってもいいんだ、というのは目からウロコの体験でした。そして意外とウケがいい(こともある)んだということも。

 「予科練出身の呉の伯父さん」には「この子特攻とか詳しいよ」と紹介され(どーゆー紹介の仕方だよ?!)初見でうちとけ、やはりミリオタだったらしい義父の形見に『【LIFE】GOES TO WAR』をもらい(「生きていたら話が合ったと思うよ」と言われた)、職場で知り合った戦車オタクの友人(女)と一緒に遊就館〔*〕へ遊びに行って203高知の解説を聞いたり…。


 このように、何を勧めて何を禁止していたとしても、人はそう期待されたように成長するとは限らないということです。反戦論者がミリオタになることもあれば、宗教二世がBLを書くこともある。それは誰にも統制コントロールできない。

 あまり他人ひと様に言えないシュミなのは確かですが、出逢ったことを後悔はしていません(面と向かって「ミリタリー好きなの? じゃあ戦争賛成ってこと?」と言われて怒りで口がきけなくなったこともありますが)。

 「ダメなもの」「口にしてはいけないもの」「認められないもの」「敬うべきもの」「崇められるもの」が持つ二面性を知ることは、創作をやる人間として無駄にはなっていないと思うからです。 



*靖國神社遊就館

https://www.yasukuni.or.jp/yusyukan/

 独特の雰囲気。何も言うまい。

 過去2回行ったことあり。1回目はやはり零戦好きの職場のオジサンに連れて行ってもらった。どこの職場にもいるんだな。

 2回目に行った友人とは「このお菓子の詰め合わせ何かに似てる…何ていうんだっけ…そうか慰問袋だ!」「そうですね慰問袋!」と納得し合う間柄。平成令和の時代に慰問袋って…〔**〕


**慰問袋

 出征兵士などを慰めるために中に娯楽物・日用品などを入れて送る袋。

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