アクションホラーに苦悩をプラス――『エクソシスト』考①

 〈エクソシスト〉が公開された年(1974)、私は生まれるどころかこの世に存在してもいませんでしたが、子供の頃から金曜ロードショーで〈オーメン〉や〈13日の金曜日〉等々に親しんでいたせいで、〈ヴァチカンのエクソシスト〉(2023)が世に出た今、「日本でももうちょっと、カトリックの伝統に則ったガチのエクソシストの小説や漫画が出てもいいのでは…」と思っていました。

 いえ、厳密に言えば、あるんですよ、エクソシストを取り扱った小説は。

 現時点での私のカクヨム小説フォローが悪魔崇拝のオカルティストの本棚みたいになっていますが、タグ検索して厳選してこれですからね…。

 でも求めているものとチョット違うんだよなあ…何かが…何かが足りない…。需要もなけりゃ供給もねえ(吉幾三〈おら東京さ行くだ〉の節で)のはわかってるんだけど、エクソシストや悪魔なんてみんな大好きなはずなのに、ガチ設定となるとなんでこんなに少ないんだ…。

 

 そんなつい先日。ハタと気付きました。

 昔から、手塚治虫の『聖書物語』なんかが家にあったからそれがフツーだと思っていたけど(『ブッダ』もあった)、よく考えたら日本のキリスト教人口1%もいなかった…! おまけにプロテスタントの方が多かった…! 

 そりゃ書く人がいるわけないよな。あっはっは(泣)。気付くの遅すぎ。


 …気を取り直して。

 しかし、そうすると、キリスト教徒でもない日本人にとっては、〈オーメン〉〈ローズマリーの赤ちゃん〉といったキリスト教要素満載のホラー、というかホラー映画好きの相方に言わせるとあれはオカルトに分類されるのだそうですが、は怖くないですよね?


 いや充分怖いよ、特に〈オーメン〉のダミアンの乳母とか、と仰る方もいると思うのですが、それは悪魔に憑りつかれた少年少女の特殊メイクや、常人のものとは思われない演技が恐ろしいのであって、純粋な恐怖という点でいったら、〈悪魔のいけにえ/テキサス・チェーンソー大虐殺マサカー〉で話の一切通じない殺人鬼レザーフェイスにチェーンソー持って追い回される方が絶対怖いはず。あるいは日本製ホラーお得意の「ま、なんだかんだ言っても最終的には人間が一番怖いよね」でも。


 実際、〈ヴァチカンのエクソシスト〉でも、井戸の中に隠された無数のガイコツが出てくると一瞬ビビるのですが、

「確かにまあ、怖いっちゃ怖いけど、でも待てよ、この人たち、骨で礼拝堂を飾りつける人種だった…〔*〕。ホラーっていうより、びっくり箱をうっかり開けてしまってビックリ、って種類のドッキリなんだよなー」


 これが、映像でビックリドッキリさせられない小説となると、登場人物たちはどこで恐怖を感じているんだ?となるわけです。

 小説版『エクソシスト』(絶版)は、映画に忠実、どころか、映画では描き切れなかった苦悩のエッセンスが満載で、ぜひ1974年物と2023年物を並べて観ていただきたい内容となっています。


 自分の子供が得体の知れないもの――悪魔――に憑りつかれたかもしれないと悩む双方の母親(どっちもシングルマザー)の恐怖は当然です。「正体のわからないもの」は古今東西誰だって怖い。愛する者の異常事態はみな辛い。

 しかし、ポルターガイスト現象で引き出しが勝手に開くのも、十字架が移動するのも、ベッドや人間が宙に浮くのにも、21世紀の今、我々は慣れっこになっている。


 じゃ何に怯えているかというと、大雑把ですが、「神はいるのか」「いるなら何でこの世に悪がはびこっているのか」「悪とは何か、悪魔とは実在するのか――」という、キリスト教的というかかなり哲学的な悩みです。

 主人公のダミアン(小説では“デイミアン”の読み)・カラス神父は、シルベスター・スタローン〈ロッキー〉のボクサーみたいな外見ですが、自分が老いて病んだ母親を顧みず聖職を選んだことでずーっと悩んでいる。愛を向ける対象を間違っていたのではないか、聖職者には向いていないんじゃないかと思いつめるほど。

 かなり後半になってようやく本格的に登場する老エクソシスト、ランケスター・メリン神父も、かつて――あるいは口にしていないだけで、今も?――神のいう愛とは何か、で信仰が揺らいだことがあると告白する。そして、悪魔の目的は我々人間を絶望させ、神の愛から引き離すのが目的で人間に憑りつくのではないかと思う、というようなことを言う。


 ここまで書いてきて、やっぱり、悪魔が何であったって、日本人たる我々には別に怖くもなんともなくね?と思いません? だってそもそも(キリスト教的)“神”を信じていないから。神の愛から離れるのが恐ろしい…といったって、そんな恐怖は生まれてこのかた感じたことが無い。「饅頭怖い」みたいなもので。



〔*〕チェコのセドレツ納骨堂、フランスはパリの地下墓地カタコンベなど、日本人が見たら卒倒するか「死者に対する冒涜だ!」とキレそうな装飾がてんこ盛り。

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