君はこの本を通勤電車で読めるか? 『なぜペニスはそんな形なのか』

 ――え、読めるよ。だって進化生物学の話でしょ?

 と思ったあなたは、おそらく世間とズレている(ハズだ)。


 私も。

 特に、フランス製BL小説アンソロジーを買うかどうか散々迷った挙句、こっちを買うことを即決した時にそれを痛感しました。文庫にして、価格はおよそ2倍だったのに。

 仮にもBL書きなら、そっち――ふたりの男性、というか人間、のとか、とかに目を向けるもんなんじゃないの、その股間にぶら下がってるモノじゃなくてさあ!


 ――いいえ、私は“何事も進化論的に考えたがる無神論者でゲイの心理学者”である著者ジェシー・ベリング同様、“ある種の「不適切な」ことに真摯な興味を抱き続けてきた”し、ぶっちゃけ、ヘタなBL小説を読むより、進化心理学の科学エッセイの方がずっと面白いと思うから。


 このふざけたタイトルに、書店で買えずにAmazonで購入したとか、通勤電車で読むのを断念したとかいう声が届いているというんですが――マジか。

 実際このタイトルはセンセーショナルな訳者の意訳ではなく、原題

〈WHY IS THE PENIS SHAPED LIKE THAT?〉

 の直訳ですし、副題の「ヒトについての不謹慎で真面目な科学」も同じく、

〈And Other Reflections on Being Human〉とそれほどかけ離れているわけでもない。


 そんでもって内容トピックスはめちゃくちゃ面白い。

「どうしてぶら下がっているの? その理由」――陰嚢の機能と進化から始まり、

「なぜペニスはそんな形なのか? 亀頭冠の謎」を経て、

「早漏のなにが「早過ぎ?」」(私は〈神慈悲〉でめっちゃ槍玉に挙げてますけど、他意はない(笑)で、実は“早くない”ことを解説し、

「ヒトの精液の進化の秘密」までを明らかにする。


 それから、脳損傷によって人間の性行動が変化してしまうこと(「脳損傷があなたを極端なほど好色にする」)や、夢遊状態でセックスする事例があることも(「好色なゾンビ――夜間の性器と夢遊」)、たぶん、知っておいて損はない、と思う。創作者にとっては。


 ずっと疑問だった、

「失恋と性的嫉妬――ゲイの場合」についても、

『したがって、『進化と人間行動』誌に心理学者のブラド・サガリンらが同性愛の性交渉について書いているように、「同性間の不貞は異性間とは違って、自分が生まれた子どもの父親だと思い込まされたり、ほかの女性の子どもに資材を注ぎ込むといったおそれはない。このことは、この場合には男性と女性とでは嫉妬の反応が似ており、その反応は異性間の不貞の場合ほど強くない可能性を示唆している」。(中略)ぼくから見ると、実験参加者は嫉妬に加えてパートナーが隠れてやっているということも気になると思うが、これらのデータは生殖に関係しないことが恋愛関係における嫉妬の感情を和らげることを明確に示している。』


 と文献を挙げて論じながらも、エッセイらしく、


『実際ゲイの男性は、異性愛の男性ほど性的不倫では苦しまないかもしれない。しかし、この点に関してはかなりの個人差がある。ぼくは、ゲイの男性の多くはパートナーが気に入った人とならだれとでもセックスしてよいなどという考えを全面的に受け入れているわけではないと思う。ぼくの想像だが、大部分のレズビアンも、パートナーがほかのレズビアンと出会って懇意になる(すなわち感情不貞)のを快く思ったりしないように思う。しかし、パートナーの同性との行為がとても気になるという点で、ぼくは少数派なのかもしれない。』

 と吐露している。


 性の話ばかりでなく(といっても33エッセイ中、23コがその話なんですけどね!)、

「自殺は適応的か?」

「ヒトラー問題で考える自由意志」

 なんて話題もある。


 まあとにかく、狭義の意味でゲイではなく、生物学的XX女性である私は、女性の書き手がつい忘れがちなあの器官についての男性の認識とその意識されざる反応――


『男性はみな、陰嚢に包まれた睾丸への脅威を異常なほど警戒する。ギャラップらによれば、男性がこの特別な身体部分に関してそれほどまでに神経質だという事実も、進化生物学の文脈で理解すべきだという。(中略)それはなぜかと言えば、睾丸はあなたの繫殖的成功において身体のほかの部分よりもはるかに重要な地位を占めているからである。この文章を打ち込みながらでさえ、ぼくは手を休めて前をおおってしまっている。』


 について読み進めている間、知らなかった事柄に大はしゃぎし、(自宅内でしたが)相方に読んで聞かせ、


『挙睾筋〔※収縮して睾丸を身体の近くへ引き上げ、弛緩して睾丸を下げる役割を果たす〕の不思議はここで終わらない。それは脅威的刺激に対しても反応し、睾丸を身体のほうに引き寄せ、害が及ばないようにする。実際、ギャラップらが指摘しているように、日本の医者は、準備処置として男性患者の内腿を針で刺すことが知られている。もしこの患者が挙睾反射を示さないなら、脊椎麻酔が効いており、メスを入れても大丈夫である。』

 のくだりで彼の睾丸を縮みあがらせたのでした。



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