料理は素材と腕次第

 高校時代の国語の授業で、何を思ったか教師が『羅生門』の続きを書け、という課題を出してきまして。あの「下人の行方は、だれも知らない。」で終わる、芥川龍之介の名作です。


 私の出身校はその学区で、「大学へ行けるかどうかの最後の砦」と言われているようなところで、まあ文芸なんつーモノに身を入れようなんていう生徒はよくて数パーセント、下手すればコンマ以下切り捨てでゼロ、みたいな状態でした。

 そういう環境なので、おそらく大半が、荒唐無稽な方向ストーリーに舵を切ってくるんじゃないかな、と当時の私は考えました。そういう話が続くのではなかろうか、と。


 で、向こうを張って、あえて「こんなケチくさいことをする下人が万が一にも大成するわけがないので、自分が殺した老婆のように惨めったらしく野垂れ死ぬ」てなことを、芥川龍之介の文体から大きく崩さずに書いて出したんですね。


 結果は予想通りになりました。皆、下人が宇宙に行ったりとかファンタジックな結末を迎えたりとかで、最初聞いている分には笑いも起こって面白かったんですが、何作も続くとさすがに途中からは苦笑が混じるように。


 私への評は「文章はうまいが、ドラマがないな」でした。

 小説家志望だったが国語教師になったというO野先生は、いつも気難しそうに結んでいる唇の端をちょっと引き上げて言ったものです。

(ちなみに、〈神慈悲〉に出てくる、もと小説家志望でシェイクスピア好きな厳格な英語教師のモデルはこの高校時代の国語教師です。実際にはメルちゃんみたいなやりとりはありませんでしたけども。どんな経験もムダにはならない)


 思えば、この時の評がその後の私の創作の方向性を決定づけたのかなー、と思います。言われた時、心の中で「その通りです」と答えていましたから。


 世の中には、お話(ドラマ)を作るのも文章も上手い人がいる。

 他方、面白いお話を考えつくんだけど文章がどうにも…な人もいれば、私のように、話は面白くないんだけどとりあえず文章でなんとか読ませることのできる人がいる。


 あ、これは商業プロ作家かどうかというくくりではありません。本を出していても、言葉の誤用が目立ったり、リズムが悪い文章を書く人はいます。


 文章が下手くそでも面白いストーリーを考えることができれば、漫画原作者としてやっていく道もあるそうですが、ここはあくまで小説の話。


「この設定とこのストーリー、すごく好みなのになぜこの文体で書くかなあ?!」「いっそのことアタマから書き直したい…!」と思うことがたまにあります。他人の作品なのでしませんけど(…でも、昔友達とやっていたリレー小説をまとめ直す時に、世界観に合わない他の人の文章をほぼほぼ書き替えたことはあったな)。


 これって料理に似てるなあ、と思います。

 ついこの間までずっと、そのへんのスーパーのキッチンコーナーで買ってきた包丁を使っていたんですが、専門店のセールでドイツ製の包丁が安くなっていたので、本命だったフルーツナイフのついでに三徳包丁を買ってみたら…食材が潰れない‼ ザ・刃物!って感じ(意味不明)。感動して、必要もないのに野菜を細切れにしたくなるほどでした。

 それから、米。

 私は舌が安いほうで、「国産米ならそんなに変わらないでしょ」と、ブレンド米だろうがブランド米だろうがコスパ重視で選んでいました。が、義実家の整理で、食べきれなかったブランド米を持ち帰ることになり、いつもの炊飯器でいつものように炊いてみたら…「なんか美味しい! え、同じ炊飯器で炊いてるのに…?!」とその違いにビックリ。


 いい素材(ストーリーやキャラクター)がなければ、おいしい料理(作品)を作ることは難しい。

 とはいえ料理人(書き手)の腕(文章力)がマズいと、せっかくの素材を活かし切れない。下手すりゃ高級食材を炭の塊に変えてしまうおそれだってある。


 一方で、素材がそれなりのモノであっても包丁さばきがうまければ、まず食べられないレベルのものを他人ひと様にお出しするような事態にはならない。食べる人の舌(好み)にもよりますが、美味しいと言ってもらえる可能性もある。


 そしてどちらがより簡単かといえば…文章力を磨く方なんですよねえ…。

 独創的な一皿を生み出せるかどうかは、結構天性のセンスに左右されるところがあると思っています。

 文章のセンスだって努力だけかと言われればそうとも言い切れないんですが、ことテクニックに関しては古代ギリシャの昔から、修辞法レトリックなど様々な方法が研究されてきている。先人の知恵を借りることはできます。日々精進していればそのうち…。



追伸:

 そういえば、同じ高校時代、ほとんど帰宅部と同義語だった図書部で文芸誌を出すことになって一作書いたんだよなあ…BL短編を。

 もちろん全然モロじゃないし、なんならBLっていうほどBLじゃないんですけど。

 その時の、やはり国語教師(先に出たO野先生とは別)の評は…「(エドガー・アラン・)ポオのような文章」。


 誉めてくれたのか苦肉の策か…だって今見返すと、神視点の三人称ではあるけど割と視点の乱れはあるし、描写は足りないし(だから“簡潔な文章”の意で評したのかもしれない)、よくまあこれを出す気になったなと思いますけど…高校生って怖いもの知らずよな。自分への戒めとして修正せずにとっておいていますが。

 それにしても、いくら部員が女子ばかりといったって、まさかBLを読まされるとは思っていなかったでしょう…ごめんねT田先生(男性)。



追々伸:

 ここまで書いておいて何ですが、職場では私は本当に「文章が下手な人」「何を言いたいのか、日本語がわからないんだけど」で通っており、目下「報告書っぽい書き方」を模索中であります。

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