チラシの裏に書いとく創作論とか

吉村杏

名は体を表す? 名付は面白い

 創作者共通の悩み(と、密かな楽しみ?)といえば何といっても登場人物の命名でしょう。

 時代小説を書いたことがないもので、「江戸時代の人名辞典」なんてものがあるかどうかは知りませんが、現代日本が舞台なら、「赤ちゃんの名付け」本なんかを参考にされているんでしょうか。


 欧米が舞台のというか、西洋風ファンタジーなんぞを書いていると、やっぱり悩むのがこの名付け。


 たかが名前、されど名前。

 ハリウッド映画とかで、たまに日本人がヘンな名字で呼ばれているのを聞くと「ん?」と思う、あの感覚。いや、いいんだけどさ、「ハリウッド的日本人」だと思うことにしてるから。それはそれで面白いし。


 でも自分のには、そーゆー恥は(できるだけ)晒したくない。

 ユダヤ人にうっかり新約聖書由来の名前はつけたくないし、貴族の設定なのに職業姓つけたら出自がバレる。この「フォン」は称号じゃなくて「~出身」の意味ですからね~、の逃げ場は残しておきたい。

 ……まあそれでも時には「お前はいつの時代のどこ出身なんだ?」っていうネーミングをしてしまうこともありますが。


 今は各社から「ネーミング辞典」が出ていますが、なにしろ古今東西の名字までカバーしてくれているものはあまり無い。

 しかも本格的な人名辞典はかなり高いしジャマなので、命名のためだけに買って置いときたくはない。

 ってときに安くてコンパクトなのでお世話になっているのが、


『カラー新版 人名の世界地図』21世紀研究所編 文芸新書

『人名の世界史』辻原康夫 平凡社新書


 両者とも、オーソドックスな西欧・東欧の人名から、東アジアは中国・韓国・タイ・ミャンマーまでカバー。いつつけるんだ、いつかはつけたい(?)インド・アフリカ・アラブ系まで紹介。「アッラーの99の美称」とか中二病爆発な感じで、いや、これはこれで……。


 もともとあちらはあまりファーストネームのバリエーションは無いので、ドイツ人にスペイン系の名前をつけるのだけは避けたい、みたいな押さえ方をしておけば充分かと。「こいつはキラキラネームにしたい!」という時には使えませんが……。


 一方で、挙げられている名字は割と一般的あるいは「あ、これ歴史/音楽/倫理の授業で聞いたことあるかも」なものなので、「日本でいう鈴木、佐藤レベル」ならいいのですが、もうちょっと凝った名前が必要というときには、「イタリア人 名前」「オランダ人 苗字」などでweb検索して、意味や響きを見てつけています。便利な時代になったもんだ。

 そんなことして何の意味があるんだと思われるでしょうが、舞台が密林ジャングルだから登場人物の名字を両方とも「木」に関係するものにして、描写もそれに合わせよう、とか。やるんですよシュミで。あくまでシュミで書いてるので。誰に気づかれなくとも。


 あと日本人にはよく分からないのが、欧米人名の愛称。

 ロシア人名がその最たるものでしょうが、何でそうなるのか理解に苦しむのが、イタリア人の男子名「サルヴァトーレ」の愛称が「トト」になること。どこをどう縮めたらそうなる? 「ト」しか合ってなくない? でも当人らがそう呼ぶなら、そう呼ぶしかない。


 喉に刺さった魚の骨みたいにずっとひっかかっているのが、以前に「アイザック」という人物が、愛称で「アイザ」と呼ばれていたこと。

 「アイザック」の愛称は「アイク」か「ザック」なので、この呼び方をされるのは、ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチ(ロシアのチェリスト)を「ロストロ」と呼ぶような……


『まぁ、「スラーヴァ」は「スラフ」を愛称化したものなのでいいのですが、「ロストロ」はどうかと思います。まるで魚の頭をぶった切ったような呼び方です。

 語源は「ロストロープ」さんの「子ども(ヴィチ)」なので、日本語で言えば「榊原」さんを「さかきば」さんと呼ぶようなものでしょう。日本に来るたびに、「ロストロさん」などと呼ばれ、さぞ気持ち悪かったのではないかと拝察いたします。』

(『声に出して読みづらいロシア人』松樟太郎 ㈱ミシマ社)


 と、こちらも、読んでいる間中、彼の心境が心配だった……。

 というより、「作者が欧米人名にあまり慣れていないのでは?」っていう感覚の方が強かった……かも……。「アイザック」。せっかくカッコいい響きなのに。


 

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