敬称は語る

 私は国王のことを「王様!」と呼ぶ奴がキライである。

 どのくらいキライかというと、まだドラクエが据え置き型ゲーム機でしかプレイできなかった時代から、勇者が「王様!」と呼ぶのを目にするたび、脳内で「陛下!」に変換していたくらいの筋金入りだ。


 国王を「王様!」、皇太后を「殿下」と呼ぶだけでも刎頸フンケイものだが、この間、(異世界モノだったが)教皇を「教皇!」と呼んでいた奴がいてブッ飛んだ。

 ガチのプロテスタントかと思いきや、当の教皇に仕える侍従長か何かがそう呼んでいたのだから、墓の中でルターもビックリである。そこは「聖下Your Holiness」だろうよ。


 とにかく、昔から、児童文学と韓流歴史ドラマ〔*〕を除いて“敬称を間違えて呼ぶ奴”が何のお咎めもなく階級社会の上位層にいる、という小説を見ると、その時点で途中下車してきた。

 かといってこの創作論を書いている人間が天皇制支持者かというとそういうワケでもなく、比例代表制で投票するのは共産党なのだが…。


 世界で最も複雑怪奇と言われるイギリス貴族の社交生活、というのを相方と一緒にYou Tubeで見ていて、そのあまりのややこしさに、二人して「…修道院に入りたい…」と呟いたほど、華やかな生活とは無縁の書き手だが、イギリスほどでなくとも、敬称は様々なことを語る。


 ①誰かが別の誰かを崇敬の表現で呼ぶような、上下関係(階層)のある社会が存在する

 ②敬称が何種類もあるような場合、その階層区分はかなり細かく定められている

 ③ということは、敬称から、呼ばれている人物がどの階層に属しているかがわかる(逆も然り)

 ④そのような複雑な呼称を正確に使い分けることができるということは、話し手が、ⅰ)社会の上層で生育したか、ⅱ)上層に近づくための教育訓練を受けており、かつⅲ)それを覚えていられるだけの知的能力を持っている、つまり“お仲間エリート”であることを示す

 ⑤反対に、敬称を正しく使えないということは、ⅰ)これまでそのような機会に巡り合わなかった、ⅱ)文化の異なる外国人、ⅲ)権威に反抗するアウトロー、ⅳ)庶民、田舎者、無知蒙昧の徒…まあ何と呼んでもいいが、“お仲間ではない”ことになる


 戦場で通りすがりの勇者に命を救われたというならまだしも、平時に王宮で国王に謁見しようというのだから、敬称も知らない人間をむやみに王に近づけるなど、お前のところの典礼官は何をしとるんだ、という話である。

 仮に庶民派の王様だったとしても、周囲の人間が全員そうとは限らないし(私のような奴は絶対いる)、反感を買う可能性は確実にある。大体、今の今まで国王を敬称で呼ぶ機会が無い奴が、王様が庶民派かどうかなんてどうやって知るというんだ。


 それに、コトは一国の国内の話だけではない。

 我らが国王陛下は堅苦しい礼儀作法にこだわらない御方おかただとしても、これから世界を救うべく連合を組もうという他国の君主が、異様に礼儀にうるさい堅物カタブツで、体面を傷つけられたとか言ってへそを曲げてしまったらどうする。勇者は外交官でもあるのだ。


 …と、冒険の旅は敬称一つで前途多難になってしまう。


 ここまでは表向きの話。


 上で書いた通り、敬称を自由自在に使いこなせる奴、というのは、上下関係が前提となっている窮屈な社会を生き抜いてきたということだ。それもおそらく、最上位ではなく、中間以下。

 なぜなら、国王と法王は、自分より上にはMy Lordしかいないから。


 天皇(皇帝)・皇后・太皇太后・皇太后の敬称は「陛下」で、皇太子以下は「殿下」。その他、「閣下」、「卿」、「サー」、「猊下」…直接呼ぶときはこうで、手紙のときはああ…。辞書を放り出したくなるほど色々ありすぎて、抜き出している書き手もうんざりして、もはや「王様!」でいいのではないかとさえ思えてくる。


 上下関係――それはしかし、禁断の関係を構築する上での絶妙なスパイスになる要素でもある。

 王-騎士、主人-召使、将校-下士官兵、etc. 

 これらは先輩後輩、社長と秘書などという、単なるその場限りのカンケイとは比較にもならないくらい厳密だ。


 そこに余計なヒビが入ると、幻想は一気に砕け散る。

 だからこそ、敬称くらいキッチリ使い分けましょうよ、という話。


 それに何より、敬称というのは、相手との関係性を規定するものでもある。

 ということは、いつもは厳密に敬称で呼んでいる相手を、ある時は呼ばなかったとしたら、それはつまり――


 …なんてことができるのも、ちゃんと使い分けができている場合のみ効果を発するのだと思っていただきたい。


 ちなみに私はこんなウルサイことを言うので、友人からは、「女史」という敬称を賜っているのだけれども…。



 * かの国では、国王を「王様」と呼ぶのが正式だと知ったので。

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