第38話 正解のある試練4


 女達の腹の中に赤ん坊がいる。

 いや赤ん坊ができてはいるが、まだ人として形を成していない細胞レベルの状態である。

 なのでまだ、まだ、その赤ん坊を諦めろと言えなくもない・・・。

 酷な事を言うようだが、まだ認知されていなかった赤ん坊を諦めることができれば、誰も死なずに済むのだから。

 その結論に地味な女も気が付いており、これが今できる最善の方法であるとわかっているのか、うるさい女に自ら提案する。


 赤ん坊を流そうと。


「ふ、ふざけないで! なんで私の子を殺さないといけないのよ! これは彼と私の子なのよ!」


「イヤなのはわかりますが、私達が生き残るためにはお腹の子を犠牲にするしかないんです。

 今なら子供を安全に流産させられる薬を持ってますから、これを飲んで皆で助かりましょうよ」


「何でそんなの持ってるのよ!」


「・・・・私は産婦人科の看護婦です。詳細は話せませんが、この薬が必要で持っていたのです」


「意味わかんない! 何よその理由!」


「意味が分からなくて結構です。いいからこれを飲みましょう。私も飲みますから。そうすればすぐに効果が表れるはずです」


「いやよっ!」


 キーキー声で反論するうるさい女。

 当然と言えば当然の反応であるのだが、それを断られた場合、結局どちらかの女を殺さなくてはいけなくなる。

 二人以上殺さねばならぬのだから・・。


「・・・・・・ならばどっちかを殺すしかないな」


「ひぅっ!?」


「ま、まって・・・」


 俺は地味な女に剣を向け、うるさい女に銃を突きつける。


 子を殺したくないという母親の思いは男の俺にはわからない。

 女にとって好きな男の子供を失いたくないという女の気持ちは、男の俺には理解できない・・・・が、それでも好きな女との間に作った子供を大事にしたい気持ちだけはわかる。

 わかるからガキを降ろせなんて強要はしない。

 だが強要はしない変わりに、どちらかを殺すしかあるまい。


「言っておくが俺だって誰かを殺したいわけじゃない。

 できる事ならお前等を殺したくはない。

 だが、二人以上殺さない限り俺等は全員死んじまうし、次の試練にも向かえねぇ。

 向かえなければ俺の大切な奴が助けられねぇ。

 だから、引く気はねぇぞ」


「もう少し! もう少し時間をください! 必ず彼女を説得してみせますから! そうすれば最低限の犠牲で私達は皆助かります! そうすれば! そうすればっ!」


「や、やるならアイツを殺しなさいよ! 自分の子供を見殺しにするような外道じゃないの! だから早くアイツを殺しなさいよっ!」


 説得すると言っているが、恐らく無理だろう。

 確実にこのうるさい女は己の子供を諦める気はない。

 うるさい女だが、イイ母親になるだろうな・・・。


 そして地味な女は、母親として最低なのかもしれないな。

 まだ人の形を成していないとはいえ、殺すことを選んでいるのだから。

 だがいま認知したばかりの赤子に愛情を覚えるかと言われると、なんとも言えないのも理解できる。

 こんな状況では、どの命を優先すべきなのか彼女の中でできあがっており、その考えに俺は理解も共感もできるから。


(どちらか・・・どちらかの命を奪えば・・・)


 また腹正しい選択を強いられる。

 ホント。

 頭が痛くなるほどに・・・・。


「お願いです! お願いですからこの薬を飲んでください! そうすれば私達は助かるんです。そうすれば誰も死なずにすむんです!」


「何が誰も死なないよ! 私の子が死ぬってことじゃないの!」


「だとしても! だとしてもです! ここは諦めるしかないじゃありませんか! 私だって子供を殺すことに罪悪感はありますけど、こればかりは仕方が無いじゃありませんか! それにこう言ってはなんですが、子供ならまた作ればいいんです! また・・・機会が訪れます」


「ふざけんな! この子、彼との子がいれば、この子さえいれば、彼を奪えるんだから!」


「は?・・・奪う?」


「そうよ! 彼との子ができたとなればあの女から彼を奪えるわ! これで私も金持ちの妻になれるんだから!」


「そ、そんな理由で」


「そんな理由? そんな理由な訳がないでしょ! この子がいれば彼は戻ってくるの! 私のモノになるの! そんな理由なんてふざけたこと言うんじゃないわよ!」


「・・・俺から言わせりゃあ、ガキがいなけりゃ引き止められねぇ時点で諦めろって話だな」


「ふざけないで! この子がどれだけ価値ある子か知らないで!」


「何が価値だ。ガキの価値なんて全員同じだ。等しく尊い存在だ・・・・・・・・」


「・・・・・・そう・・・・だといいなぁ」


「あん? だといいなとはどういう意味だ? 地味女」


 子供を流す薬を持っている地味女から、かなり沈んだ声が聞えて来た。

 お前だって本当は自分の子供を流したくなどないだろうに。


「・・・地味じゃないです。それとどういう意味と聞かされても答える気はないので気にしないでください」


「気にするなと言われて気にならなくなるわけがなグッ!? このクソアマッ!「動くなっ!」・・・」


 意識が地味女に向けられている時に向けていた銃をうるさい女に奪われた。

 右肩を負傷しており、先程地味女を殺す為に剣を振り回したせいで、傷口が開いてしまったので、いつもより力が入らなかったようだ。


「う、動いたら殺すから! わかった! 殺すからっ!」


 カタカタと握られた銃。

 銃など持ったことも無い素人であることは、その震える光景だけで理解できる。

 それでも、こんなに近い距離であるならば、如何に素人であっても外すことはないだろう。


「おい、それを返せ。じゃねぇとぶっ殺すぞクソ女」


「や、やれるものならやってみろ! こっちには銃があるんだから!」


「やめてください! 争わなくても子供諦めればいいんですよ! そうすれば最悪私達は生きていられます!」


「だからイヤだって言っているでしょ! この子は! この子は私にとって必要な子なんだから!」


「道具のように扱う気なら子供を諦めてくださいっ! そうじゃないと私達の誰かが死ぬしかないんですよ!」


「うるさいうるさいうるさいうるさーーーーーいっ! うるさいのよアンタ! 」


「うるさいじゃないです! 状況を理解してください! 今ここで二人! 二人死なないと、ここから出られないんですよ! わかってますか!」


「わかってる! わかってるわよ! そんな事・・・そんな事・・・・・そんな・・・・・・・・」


「!? な、なんで私に向けているんですか・・」


「そうよ。そうよそうよそうよ! アンタが死ねばいい! アンタだけが死ねばいい! そうすればアンタとアンタの腹の子供が死ねば合計で二人になるもの! 二人死んだことになるもの! そうよそうよ! それで解決じゃない!」


 イイ事を思いついたと言わんばかりにケタケタと笑いだすうるさい女。

 今にも地味女を殺す為に引き金を引きそうだ。


「ねぇ! アンタもそう思うでしょ! そう思うならアンタもコイツ殺すの手伝いなさいよ! この女をっ!!」


 一緒に手を組もうと、そう言って来るうるさい女。

 女達の腹の中に子供がいるという話を聞いた時点で、最悪どちらか片方を殺す選択を強いられると覚悟はしていた。

 なので俺は


「うぜぇ。お前が死ね」


 うるさい女の意見など聞かず、今この状況で俺の心がどちらを殺し生かすべきか決めることにした。


「ヒッ!?」


 足の怪我や肩の怪我など気にせず、全力でうるさい女に詰め寄る。


 うるさい女は恐怖のせいで身体が強張り動けなくなっている。

 殺し合いの経験は勿論の事、喧嘩の経験も無いのだろう。

 なので今から俺に銃口を向け発砲するよりも先に、俺が剣を振り下ろす方が早い。

 勝負は合った。


「俺を怨みな」


 そう言葉を発しながら俺は女の頭目掛けて剣を振り下ろす。


「ぎゃぁぁぁぁ「パンッ!」ぁぁぁぁぁぁっ!?」


 振り下ろされ斬られると同時に、銃から発砲音が発せられるのだった。


 そして


「・・・え?・・・・・・・うそ・・・」


「っ!? おい地味女!!」


 撃たれた銃弾は地味女の腹に命中することとなった。


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