第9話 帰ってきたが日常は・・・
俺は塔の試練をいったん中断し帰ってきた・・・というか、勝手に家に送り返されただけだがな。
ついでに言うと、部屋の中央に我が物顔で浮かんでいる小さな器があるが、今は気にしないでおこう。
見ているとなんだかムカついてくるからな。
そんな事よりも今は怪我の治療が先だ。
深く斬られたわけではないが、一応病院に行った方がいいだろうと思い、握っていた剣を床に放り捨て、スマホをポケットから取り出したら。
ポケットから出てきたのは破損したスマホであった。
どうやら俺の太腿が浅い傷ですんだのは、スマホが盾となってくれたからのようだ。
「ついてねぇ・・・・・・のかな・・・・」
彩菜と一緒に買い替えに行ってから三日とたたずしてお亡くなりになったスマホ。
スマホの中には彩菜との思い出が詰まってはいたが、破損してもいいように携帯会社と己のパソコンにデータのバックアップは取っておいたので問題はない。
そう考えるとただ物を失っただけで深手を負わなくて幸運だったと思うべきだろう。
「もしかしたら彩菜が守ってくれたのかもな・・・・・なんてな」
我ながら恥ずかしいセリフを吐いてしまった。
僅か数時間離れただけで寂しく感じているのかもしれない。
「仕方ない。久しぶりに電話で連絡するか。固定電話で話すなんて何年ぶりだよ」
流石に病院の連絡先はわからないが、119を押せば救急車が向かいに来てくれる。
己の足で行けなくもないが、こういう時に使わないでいつ使うんだって話だよな。
そして電話をかけようとしたのだが
「・・・・・・・・・停電してやがる」
受話器を上げてもうんともすんとも言わなかった。
「いったいなんで・・・・・はっ」
そこで俺はハタと気付く。
彩菜が攫われて混乱していたが、よくよく考えれば俺以外の人達も多く攫われているはずだ。
それも数十人単位ではない。
それこそ数万・・・いや数億人規模で攫われているだろう。
そしてそんな人数が一気に消えたら
「そこかしこから煙が上がってやがる・・・・」
事故が起こるに決まっている。
連れ去られていた人が車を運転していたらどうなるだろうか、電車や飛行機を操縦していたらどうなるだろうか。
あえて語らずとも想像できるだろう。
「ヤバいな。これは外に出ない方がいい」
人の叫び声が聞こえてくるが、俺はカーテンを閉め、一階や二階の戸締りの確認を行った。
薄情と思われても仕方が無いが、こんな状態では俺に出来ることは少ないだろう。
それに何かをするならば、まずは足の怪我を治療してからだ。
そう思い俺は救急キットを持ち、風呂場で治療を始めた。
幸いまだ水は止まっていないようで、俺は傷口をシャワーで洗い流し、消毒液をぶっかけガーゼや包帯で治療していった。
(治療が終わったら飲み水の確保をしねぇとな。それと風呂場やバケツに水を汲めるだけ汲んでおいた方が良さそうだ)
風呂が入れなくなるのは仕方ないとしても、トイレが流せなくなるのは勘弁だ。
というか、先程外に出ない方がいいかもと言ったが、非常食やらガスボンベやら無ければ買い物に行かなければいけない。
こんな状況で買い物させてもらえるかは定かではないがと考えながら、治療をすませた俺は早速風呂に水を溜め、台所の鍋に水を―――
「なぁ彩菜。この前通販で買った大きい鍋ってどこ・・・に・・・・・・・」
いつものように声をかけた。
まだ入籍はしていないが、ひと月ほど同棲していた彩菜に声をかけたが、当然返事が返ってくるはずもない。
「・・・・・・・・・」
いつも傍にいる者の存在が無くなり、
「・・・・・・・・・」
いつも傍にいた者の温もりが無くなり、
「・・・・・・・・・」
優しい声さえも聞けなくなった。
ぽたりと床に雫が落ちる。
ぽたぽたと雨のように俺の瞳から涙が零れ落ちる。
「あ・・あぁ・・・く・・・・くそ・・・くそっ!!」
泣いたところで何かが変わるわけもない。
そんな事言われずとも理解しているが、勝手に涙が溢れてくる。
彩菜を奪われた怒りと、彩菜をすぐに助けられなかった己への不甲斐なさに対する怒りが、勝手に涙となって流れ落ちていく。
「待ってろよ彩菜。ぜってぇ助ける。ぜってぇ助けるからな!」
俺は乱暴に鍋をかき集め、水が飛び散るのも気にせずに荒々しく水を汲む。
八つ当たりなのはわかっているが、そんな事を気にする程、今の俺には余裕と言うモノはなかった。
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