scene 22

大学ラプソディー①

 あっという間に、季節は暖かい春。ワタシも大学2年生になりました。


 白斗君から、大学合格の連絡があったのは、1ヶ月前のまだ朝晩の気温が低くまだ肌寒い時期。


「菜穂、俺、合格したよ」


 静かに、はっきりとそう言う白斗君に、ワタシは、


「おめでとう……!! ずっと……待ってたよ!!」


涙声になりながら、白斗君へ祝福の言葉を言った。白斗君は照れながら、


「ありがとう、菜穂。これから、一緒に頑張ろう!!」


昔の調子でそう言った。それが妙に懐かしく、ワタシは嬉しかった。


「入学式には間に合うように引っ越すから」


「手伝いに行こうか?」


「ああ、頼む」



 そして、今日が引っ越しの日。


 ワタシは朝早くに家を出た。ワタシの家から白斗君のアパートまでは、バスで10分程の距離だった。白斗君のアパートは、2階建ての築30年は経ってるかというような、鉄骨のアパートだった。白斗君はそこの102号室を借りていた。ワタシが着いた頃には、引っ越しトラックが到着していて、白斗君が指示を出していた。


 3年ぶりの生身の白斗君。ワタシは感動して、涙が出そうになった。


「白斗君、来たよ」


 ワタシは、涙をこらえて、白斗君に呼び掛けた。


「菜穂……ホントに菜穂なんだね?」


 白斗君も、言葉に詰まりながらそう答えた。


「そうだよ。楓菜穂だよ。白斗君、大人びたね!!」


 そう、白斗君の顔は高校生の時と比べて、ずいぶん大人びて見えた。


「菜穂も……綺麗になったね!!」


 白斗君はそう言う。


 白斗君の荷物を運んでいた引っ越し業者も帰り、ワタシは白斗君と2人きりになった。ワタシは白斗君に何を話せば良いか思い付かず、


「晴れて暖かくなったね!」


と天気の話を始めた。


「ああ、そうだね」


 白斗君がそれに応じて、また、会話がストップした。


「とりあえず、中に入ってよ」


 白斗君がアパートの中に招き入れてくれた。アパートの中は1LDKで10帖くらいあった。まだ、ダンボールに包まれたままの家財道具が、あちらこちらに散らばっていた。


「それじゃあ、菜穂はこのダンボールから物を出して食器棚にしまってくれる?」


 白斗君が指定したダンボールには新聞紙にくるまれた食器類が入っていた。


「わかった」


 ワタシは、白斗君に言われた通りに食器を食器棚にしまっていった。食器を片付けていく中で、ひとつ、少しだけ形のいびつな食器を見つけた。


「白斗君、これ、白斗君が造ったの?」


「ああ、少年院に入っているときに、造ったやつだよ。陶芸は難しかったな。少年院でも、いろいろやったよ」


 そうこちらを見ずに、片付け作業をしながら白斗君が話した。


「へー……」


 少年院というところがどういったところかわからないけれど、思っていたよりも窮屈ではなかったのかな?


 そうワタシが思っていたら、白斗君は続けて少年院のことを話してくれた。


「少年院でも、たくさん勉強させられたよ。学校ではないけど、学校みたいなところだった。もちろん、学校よりも窮屈だったけれど、しんどくて堪らないという程でもなかったかな。でも、菜穂、誓うよ。もう、あんなところには入らない」


 白斗君の話を聞きながら、白斗君は元に戻ったのかな……とワタシは感じた。



 白斗君の荷物の片付けもあらかた終わった。


「お疲れさま」


 白斗君はそう言って、缶コーヒーを渡してきてくれた。


「ありがとう」


 言った覚えがないのに、ワタシの好きなほんのり甘い、微糖の缶コーヒー。


 疲れた身体に染み渡るその味は、白斗君と帰った高校生の帰り道を思い出す。


 たわいもない会話。溢れる笑顔。


 これからそんな毎日がまた訪れるのか、そう思うとワタシは逆に不安を感じた。


 苦しむことに慣れすぎたのか。楽しむことを忘れてしまったのか。白斗君と上手に付き合っていけるんだろうか。


「菜穂」


 ワタシがそんなことを考えていると、白斗君がワタシを呼んだ。


「なあに?」


 振り返ると、唇にキス。驚くワタシにもう一度、深いキス。


「白斗君っ……!!」


 必死に声を出そうとするが、すぐにまた口をふさがれた。


 これまで、白斗君とこんなことしたことがなかったから、ワタシは狼狽える。


 狼狽えるワタシを、優しくも激しくリードする白斗君。


 キス以上のことをしたことがなかったワタシは、白斗君にされるがまま。


 いずれ、白斗君とこんなことをするんだと思っていた高校時代。結局、何も無いまま終わってしまった。


「白斗君っ……!!」


 そう呼び掛けるワタシに対して、何も喋らない白斗君。真昼の情事。ワタシはその日、初めてそれを体験した。


「菜穂、痛かったか?」


 情事が終わった後、白斗君がそう聞いてきた。


「ううん、そんなに痛くはなかったよ。」


 ワタシは服を整えながら、白斗君にそう言った。


「俺も初めてで……。ごめん、もっと雰囲気が整った時にやりたかったよな。俺、もう我慢出来なかったんだ。本当にごめん」


 謝って来る白斗君に、ワタシはこう言った。


「ホントだよ!! 女には、それなりに準備ってものが要るんだよ!! そんな急にやられても……」


 一応、ぷりぷりと文句は言ったが、今日されて、ワタシは嬉しかった。白斗君とそんなことをするイメージが沸かなかったから、ワタシもこれまで誘ったりしなかった。白斗君は、ちゃんと避妊の準備もしてて、ワタシも安心出来た。


「白斗君、初めての割には手際良かったけど、本当に初めて?」


「ホントに初めてだよ!! 菜穂が俺の最初の人」


 ワタシたちは昔の関係に戻ったような、そんな感じがした。

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