scene 23

終わりと始まり①

「菜穂……じゃあな」


 真っ暗。


 何も見えてこない。


 何も聞こえてこない。


 何も匂ってこない。


 何も感じない。


 ワタシは一体、どうなっちゃったの?


 白斗君……白斗君……白斗君……白斗君……白斗君……白斗君……白斗君……。


 また、ワタシを置いてどこかへ行くの?


 もう嫌だよ。


 白斗君の為なら、ワタシだって鬼にも悪魔にもなるよ。


 ねぇ、白斗君。


 お願いだから、置いて行かないで!!


 ワタシ、あ……。


 意識がなくなって行く。


 何も考えられない。眠い、眠い……………………。



 気がついた時、ワタシは病室のベッドの上にいた。隣には白斗君……はもちろん居ない。ワタシが目を覚ましたことに気がついた看護師の人があわただしく動いている。しばらくすると、看護師の人はお医者さんを連れてきた。


「やあ、ここがどこだかわかるかい?」


 先生は、そう優しく問い掛ける。ワタシはその呼び掛けにこくりとうなずく。


「名前は言えるかい?」


 次に先生はそう質問した。


「楓、菜穂」


 ワタシは、自分の弱々しい声にびっくりした。先生は、その後もいくつか質問をした後、ワタシにこう告げた。


「君は、1週間もの間、眠り続けていたんだよ」


 1週間……。ワタシの頭の中では、1週間前のことが昨日のことのように甦る。


 ワタシは、1週間も眠り続けていたのか……。この1週間の意識がワタシには全くない。そうワタシはぼんやりと、1週間前のことを考えていると先生が言った。


「綿原日向くん、だったかな? 彼に感謝しなさいよ。彼が倒れてる君をここまで運んで来たんだから」


 日向、日向が!? そっか、ワタシは白斗君に眠らされた後、どこかに放置されたのか……。


「日向くん、毎日お見舞いに来ていたんだよ。君が大変な状態だったから。君の家族よりもよく来ているんじゃないかな。ほら、今日もそろそろ来る頃じゃないかな?」


 先生がそう言い終わる前に、病室の扉が開いた。


「菜穂……!!」


 そこには、何年ぶりかに見る幼なじみの姿があった。


「日向……」


「菜穂……目覚めたんだ……。そうか、生きているんだな。良かった……良かった……!!」


 日向は涙をこらえた様子で、ワタシの隣に座った。ワタシは、こんな姿の日向を見たことがなかった。


「大げさね……。生きてるわよ……」


 ワタシは起き上がり、明るくそう言おうとしたのだが、弱々しい声しか出なかった。


「っ……!! 菜穂!!」


 日向はワタシの肩を引き寄せて、そっと抱き締めた。


「菜穂……!! 本当に生きてて良かった!! アイツに殺されなくてよかった!!」


 日向はこらえきれず涙を流しながら、そう言った。アイツ……。おそらく、白斗君のことだろう。ワタシ自身、白斗君について許せない部分はある。でも、こうして日向が白斗君を非難することについて、ワタシはどうしても快く思えなかった。


「日向……。やめて……」


「えっ?」


「お願い、白斗君を悪く言うのはやめて……」


 あまり声が出なかったが、それでも、日向に対してワタシはそう言った。


「菜穂……。まだ、お前まだそんなこと言っているのか? これを観てもそう言えるのか?」


 日向はそう言って、テレビを点けた。


 テレビを点けると、ちょうど夕方のニュースが始まったところだった。


「よく観てろよ」


 日向が語気を強めてワタシにそう言った。仕方なく、ワタシはテレビのニュースをぼんやりとながめた。


『……続いてのニュースです。宗教団体"輪廻の輪"の信者による病院襲撃事件の続報です。首謀者とされる白木白斗容疑者(21)は現在も逃走中です。光栄こうえい市に潜伏中との情報があり、警察は捜査員を増員してその行方を追っております』


「なに……これ……」


 日向は何も言わない。


 ワタシは、ニュースの続きを食い入るように観た。


『……死者14人、重軽傷者23人を出した事件から3日が経過しました。実行犯は逮捕されましたが、首謀者とされる白木白斗容疑者(21)は、現在も捕まっておりません。光栄市に潜伏中との情報が入っています。付近の住民の方々は戸締りをしっかりとし……』


 日向はテレビを消した。


「なっ!! これでわかっただろ!! アイツはそういう奴なんだよ……」


 日向はワタシを諭すようにそう言った。


「……白斗君にも、そうした何か理由があるはずだよ……」


「菜穂っっ!! いい加減にしろ!! 何があっても、人が人を殺す理由にはならないんだよ!!」


 日向がそう強く言い放った。日向の言っていることはよく分かる。頭では、わかっているんだ。わかっているんだけど……。


「日向……出てって……」


「ああ、出ていくよ。でも、明日も一応来るから。自殺するなよ……」


 ワタシは、去って行く日向をキッとにらみつけてベッドに倒れこんだ。自殺なんて絶対しない、するもんか!!



 ワタシが目を覚ましたことを、家族も涙を流して喜んでくれた。


 1週間もの間、寝たきりだったこともあり、ワタシの体力はうまく歩けないくらいに、低下していた。


 お医者さんからは、もう2週間ほど病院に入院してリハビリをしながら、経過観察しましょうと言われた。


 その間、日向は毎日病院に来てくれた。


 ワタシが、


「もう来ないで!!」


と言っても、


「心配だ」


とか、


「退院するまでは来る」


とか言って、リハビリも手伝ってくれた。


 ワタシが、


「黒森さやかに悪い」


と言ったら、


「彼女とは、もう別れた」


と言っていた。


 彼女と日向はどうやら2年前に別れたらしい。どうして別れたのか聞いてみると、


「大学生になって、彼女の性格が変わったから」


と日向は言っていた。


 黒森さやかとは、ここ2年間は連絡を取っていなかったが、連絡を取ってみて大学生になっておそろしく風変わりした彼女の自撮り写真が送られてきたのを見ると、どうやらそうらしい。


 白斗君は、未だに行方知れずで毎日どこかでそのニュースが流れていた。


 白斗君の襲撃した病院は、白斗君のお母さんが入院していた病院で、専門家の見立てでは、白斗君はお母さんが亡くなった病院に対して、強い恨みを持っていたのではないか、と解説していた。


 未だに信じられないが、"輪廻の輪"の明主であった白斗君は、信者達を使って、色々と悪事を働いていた。


 管くんのお兄さんの勇人さんの言っていたことは本当だった。


 管くんに連絡してみたのだが、繋がらなかった。


 白斗君にも連絡してみたのだが、無理だった。

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