大学ラプソディー⑤

 ワタシは夢を見た。


 夢の中のワタシは白斗君ではなく、日向と付き合っている。白斗君のことなど、すっかり忘れているように、楽しそうにしている。そこへ、白斗君が現れた。白斗君、絶望に満ちた顔をしている。


「菜穂、どうして……?」


 白斗君がそう言ってワタシに近づく。その行く手を日向が阻み、突然どこからか包丁を取り出し、白斗君を刺した。白斗君は胸から大量の血が吹き出し、その場に倒れる。


「じゃあな」


そう言った日向は、白斗君のその様子を見てせせら笑っている。ワタシは、笑顔で日向に抱きつく。白斗君は、倒れて動かない。ワタシは、大量の返り血を浴びた日向に、キスをする。白斗君は動かない。ワタシと日向は、その場を後にした。



 そこで映像は途切れた。


 目が覚めると、見慣れない部屋にワタシは居た。


 ここ、どこ……?


 白斗君の家ではない。それは確かだった。


 ワタシは、ベッドに寝かされていた。そのベッドのほかには、何もない。窓が1つも付いていなくて、照明の明かりが辺りを照らすのみだった。眼前には、いかにも重そうな鉄の扉が待ち構えている。近寄って扉を開けようとするが、鍵が掛かっていて開かない。


 まるで、刑務所みたいだ……。


 白斗君や管くんは、一体何処に? 一人、何をすることも出来ずに、ベットに座って考える。


 白斗君と管くんは、クスリを作ってると言ってた。どう考えても、良い使い道に使うクスリじゃないと思う。もしかして、管くんのお兄さんとも繋がってて、覚醒剤を売買しているとか……。白斗君、もう悪事は働かないって言ってたのに……。


 ところで、"輪廻の輪"っていう宗教団体、確か、ニュースにもなってたような気がする。注意勧告とか出てたんじゃないかな。本人たちは、普通に正しいと思ってやっているんだろうけど。明主様とやらがヤバい人なんじゃないのかな? でも、部屋から出る方法がないし……。


 ワタシは、途方にくれていた。とりあえず、落ち着いて考えよう。ワタシはどうやら監禁されているようだ。ここがどこだかわからないが、仮に、明主様のアジトであるとしよう。この後、ワタシは確実に明主様の洗脳を受けることになるのではないか? ワタシも、白斗君や管くんみたいに操られるのではないか? 徐々に恐怖心がわき上がり、一刻も早く、ここから逃げ出したい衝動に、ワタシは駆られた。


 ベッドから立ち上がって、何かないか辺りをくまなく探ってみた。すると、枕の下に紙切れが敷かれているのに気がついた。


 何かな……もしかして、白斗君から?


 ワタシは白斗君からの伝言であることを期待しながら、紙切れを見た。

 そこには、こう書かれていた。


『もう駄目だ……明主に逆らった』


 どういうこと?


 これを書いたのは、白斗君ではないの?


 そう思っていると、部屋の扉が開かれる音がした。


 ワタシは音のする方を見ると、管くんが立っていた。


「管くん?」


「楓菜穂か?」


 違う、管くんじゃない。この人は……。


「管くんのお兄さん?」


 管くんのお兄さん、管勇人がワタシの前に現れた。


「逃げるぞ!!」


 管くんのお兄さんは、そういうなり、ワタシの手を引っ張った。ワタシは引っ張られるままに、管くんのお兄さんに付いていった。


「管くんのお兄さん」


「勇人だ」


「勇人さん」


「なんだ?」


「勇人さんが、どうして?」


「志代が殺された」


 突拍子もなく、勇人さんはそう言った。


「管くんが?」


「そうだ」


 意味がわからない……。


「管くんは今、どこに?」


「だから、殺された」


 勇人さんはいきなり意味のわからないことを言い出した。


「殺された!? 誰に?」


「明主、白木白斗だ。」


 勇人さんは、管くんが白斗君に殺されたという。


 しかも、白斗君を明主という。


 ますます訳がわからない。


 白斗君は、管くんに"輪廻の輪"に連れてこられたと言っていた。


 "輪廻の輪"に染められていたのはむしろ、管くんの方で、白斗君は後から入ったんじゃ……。


「白斗君は、管くんに連れて来られて、"輪廻の輪"に入ったと言ってましたよ!!」


「違うんだ。"輪廻の輪"を"創った"のは白木白斗なんだ。白斗は少年院に入っていた当時から、宗教団体を創ろうと画策していたんだ。明主と呼ばれているのは、白斗がお金を使ってスカウトしたホームレスだ。白斗は出院当初から、"輪廻の輪"の『真の明主』なんだ。」


 勇人さんから、驚きの真実が次々と語られる。


「白斗が薬学部に入ったのも、普通では手に入らない薬品を簡単に手に入れる為だ。俺は、確かに覚醒剤を使ったりしていたが、白斗ほどイカれてはいない。白斗に誘われて、薬物の売買を始めたのは確かだ。白斗が、後ろから手を引いていたんだ。白斗は俺を使って、志代を"輪廻の輪"に引き入れた。『引き入れなければ、殺す』と脅されていた。どうしようもなかった。志代は仮の明主に俺から聞いた過去の過ちを言い当てられて、すぐに染まったよ……」


 えっ、待って!? 白斗君が明主?


「じゃ、ここは一体……?」


「俺たちが、薬物の売買で稼いだ金で建てた、白斗のアジトだよ……」


 信じられない。


 白斗君が"輪廻の輪"の明主だったなんて……。


「白斗君は、なぜ管君を殺したの?」


 信じられないとは思いつつ、ワタシは理由を訊いた。


「楓菜穂。志代はお前を助けようとしたんだ」


 勇人さんは、そう言った。菅君はワタシを助ける為に殺された?


「志代は、"輪廻の輪"が良い宗教団体だと、本気で信じていた。だから、お前も明主に会わせようと思っていた。だが、白斗のクスリでお前が気を失ったのを見て、疑問を感じた。感じつつも、お前をアジトのこの部屋まで運んだ。そこで、白斗に言われた。『菜穂は、しばらくここに監禁しておこう』と。『何故、監禁なんてするんだ?』と志代は白斗に詰め寄った。『菜穂に、真実を知られるのは避けたい』『真実?』『そうだ。俺の真実だ。管君、君には話しておこうかな?』そうして、志代は白斗の本性を知った」


 ここまで聞いて、ワタシはもう耐えられなくなった。


「勇人さん、もう大丈夫です。とにかく、白斗君が真の明主、それは間違いないんですよね?」


「ああ、俺は隠れて聞いていたが、志代はお前に惚れていたらしい。だから、助けた」


 管君は白斗君に殺された、らしい。


 ワタシには、信じがたいことだ。


「勇人さん。勇人さんは、大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃないな」


 やっぱり。


 ワタシは勇人さんの手を振りほどいた。


「どうした!?」


「ワタシには、勇人さんの話が信じられません。勇人さんは覚醒剤をやってたから、幻覚でも見たんじゃないんですか? もう、一人で帰れます。では!!」


「ま、待て!!」


 勇人さんがワタシの手を再び取ろうとする。


「やめて!!」


 ワタシは再び振りほどこうとする。


「何やってる!!」


 そこに聞き覚えのある、ワタシのヒーローの声がした。


「白斗君 !!」


「ちぃ、白斗か!!」


 勇人さんは、白斗君を見るなり、ワタシを置いて一目散に逃げて行った。


「白斗君っっ!!」


 ワタシは、白斗君に抱きついた。


「菜穂、大丈夫だったか?」


 白斗君は、ワタシを抱き締め返した。


「白斗君、あの人、やっぱりおかしいよ!! 白斗君が、"輪廻の輪"の『真の明主』だって!! おかしいよねっっ!? 白斗君が明主だなんてっっ!! しかも、白斗君が管くんを殺したとか言うし……。信じられないっっ!! ね、白斗君っ!?」


 ワタシは、白斗君の顔を見上げた。


「ああ、おかしいよ……。俺が、明主だなんて……」


 やっぱり。あの人がおかしい。


「白斗君、一緒に逃げよう!!」


 ワタシは白斗君の手を握って、そう叫んだ。


「菜穂。もういいんだ……。全て俺が悪かった」


「えっ? 何が?」


 そう言って私が振り向くと、白斗君によってワタシの鼻と口はハンカチで塞がれた。


「えっっ!?」


「菜穂……じゃあな」


 最後、ワタシの目にすごく残念そうな表情の白斗君が映った。そこでワタシは、気を失った。

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