終わりと始まり②

 日向からは、


「もう白斗のことは考えるな!! 先ずは、自分の身体を元に戻すことだけを考えろ!!」


そう言われた。


 ワタシは、日向に反発したい気持ちも強かったが、いつも自分の気持ちに真っ直ぐに主張してくる日向に心を打たれた。白斗君なしでは生きていけないと思っていたワタシは、そんな日向と接していると徐々にしぼんでいった。リハビリの時に日向が見せる笑顔に、ワタシも気がつくと笑顔になっていた。日向の前で、白斗君の話はしなくなった。


 2週間が経ち、日向の介護もありワタシは無事に退院することになった。ワタシは、しばらく家族の家で静養することになった。大学は休学した。退院の日、日向も駆けつけて来てくれた。


「菜穂、いろいろあったけど、ゆっくり休めよな!! くれぐれも、変な気は起こさないようにな。」


 不思議と、日向の発言に反発する気持ちは生まれなかった。


「日向、良くしてくれてありがとう。」


 ワタシは日向にお礼を言い、車に乗り込もうとした。


「あっ、待ってくれ!!」


 日向がワタシを呼び止めて、手を握った。


「これ、俺の携帯番号。元気になったら、また食事にでも行こう!!」


「うん」


 ワタシは、頷いて、車に乗り込んだ。



 ◇◇◇



 その後、元気になり、大学にも戻ったワタシは、日向と連絡を取り合って、何度目かの食事の時、日向に告白された。ワタシは、何日間か悩んだ末にそれを了承。付き合うことになった。ワタシが大学4年生の夏だった。


 時を同じくして、逃走中だった白斗君が路上で昏睡状態で発見された。薬を大量服薬して自殺を図ったのではないかとニュースでは言っていた。白斗君はどこかの病院で現在は治療中だという。


「菜穂、アイツのことで気に病む必要はないんだぞ」


 ニュースを観ていたワタシに、日向はそう言っていた。ワタシは、何も言わずにただ黙って、そのニュースを観ていた。ニュースで専門家が、助かる見込みは少ないだろう、事件の真相はもう明らかになることはないのではないか、と話していた。


 それから、3日が経った夏もまだ暑い盛りの頃、白斗君は死んだ。死因は病死、服薬が直接の原因ではないと言っていた。そのニュースは、テレビで大きく報道された。そのニュースを観た途端に、ワタシの中で何かが崩壊した。


 精神が急に不安定になり、凄く落ち込み何も喋られなくなったり、悲しみで大声で泣いたりした。心配した日向に促され、近くの精神科病院で診察を受けた。双極性障害と診断され、しばらく入院した。ワタシは、深い悲しみでしばらく立ち直ることが出来なかった。ワタシが入院している間、日向が懸命に介護してくれた。白斗君の死を現実のものと受け止めることは、ワタシにはなかなか出来なかった。


 その入院生活は長く続いた。結果、ワタシはまた、大学を休学した。ワタシが白斗君の後を追って死なないか、日向は相当心配していた。日向が心配しているように、死にたいとは幸いにも思わなかった。ただ毎日を何をするでもなく、ぼーっと生きているだけの生活しか出来なかった。

生きる活力がしばらくの間、全く沸いてこなかった。


 結局、ワタシは3ヶ月の間、入院していた。日向は、有名実業団野球部のある企業に内定し、卒業後は阿野園あのその市に移り住むことになった。大学3年生まで、順調に来ていたワタシの人生は、大学4年生で大きく狂わされた。


 白斗君は死にこの世の中には、もう居ない。日向が、


「俺がこれからは、ずっと一緒に居てやるから!! 菜穂をこれ以上不幸にはさせないから!!」


そう言ってくれて、少し救われた。ワタシには、この先の未来が描き出せなくなっていた。


 

 それでも、時間は進んで、ワタシも大学を卒業した。日向の居る県の高校教師にワタシはなった。それからほどなくして、ワタシは日向と結婚した。その1年後には、女の子を出産した。白斗君のことを、思い出す暇もないくらい、忙しい毎日を送った。日向は、家庭のことはあまりしてくれなかったが、仕事は人一倍頑張ってくれた。だからワタシは、出産後は職場には復帰せずに、専業主婦として働いた。昔の高校の頃に憧れた美術教師のようにはなれなかったが、子育てが楽しく、充実した毎日だった。日向は、結婚するまでは野球を続けていたが、結局ドラフトには掛からなかった。結婚後は、野球をすっぱり辞め、仕事人間になった。



◇◇◇



 時は流れ、白斗君が死んでから、15年の歳月が過ぎた。もはや、白斗君は思い出の人になっていた。しかし、ニュースで時期がくると、嫌でも過去の事件の特集が組まれる。私は、極力そのニュースを観ることを避けた。日向も同じだ。過去の事件を掘り起こしたくない。そんな気持ちだ。白斗君の話は、日向とは決してしないで過ごしてきた。ケンカになることが目に視えているからだ。


 でも、白斗君の夢を見たその日は、日向に白斗君のことを急に話したくなったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る