scene 24

卒業式

 ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ……。

 目覚まし代わりの携帯アラームの音が鳴り響く。


「ん……朝!?」


 私はひっそりとベッドから抜け出し、テレビを付け、シャワーを浴び、朝食の支度を始める。


 綿原 菜穂わたはらなほ 37歳。

 何処にでも居る普通の専業主婦だ。


「おはよう」


 私に遅れること30分、夫が大欠伸をしながら、もそもそと食卓につく。


 綿原 日向わたはらひなた 37歳。

 地元ではそれなりに有名な会社のサラリーマンをやっている。


こころ、起こさないと……」


 そう言って、食卓を離れて私は娘を起こしに行く。


「心、もう朝よ」


「ん……わかった」


 綿原 心わたはらこころ 12歳。

 今年で小学校を卒業する、私たちの娘だ。


 私と夫である日向は、同じ大学の同級生だった。更にいうと、小学校、中学校、高校も一緒だった。いわゆる、幼なじみの腐れ縁というやつだ。


 大学4年生の時に起きたある事件の後、失意の底にいた私を献身的に介護してくれたのが日向だった。24歳の時に結婚、25歳の時に心を出産した。


 阿野園市あのそのしに一軒家を構え、家族三人でつつましやかな生活を送っている。


 今日は心の通う小学校の卒業式。私も日向もよそ行きの装いに着替え、車に乗る。


「心も小学校卒業か……時が経つのは早いな」


 車を運転しながら、日向が私にそう話しかけた。


「そうね……私達ももう随分と長いこと一緒に居るわね」


「俺達、ほっんと腐れ縁だよな。もう30年は一緒に過ごしたかな?」


「ふふふ……そうね。日向は小学校から全然変わってない。勿論、性格がよ!!」


「俺、小学校から全然変わってないか? 俺的には随分と成長したと思うが……」


「どこが?」


「……お、お前に優しくなった」


「うーん。私は感じない」


「ひどい女だ……」


 日向はぽつりとそう呟いた。


「何か言った?」


「いや、何も……」


「ふふっ、嘘よ!! 日向、随分変わった」


「そうか?」


「私には勿論優しいし、心にもしっかりとお父さんしてる」


「ははっ、そう言われると照れる。昔は確かに、お前に優しくなかったかもな。ごめんな」


「何を今更。そんなの、とっくに許してるから」


 会話が途切れた。


「そういえば、さ……。今日の夢の中に、白斗君が出てきたよ……」


「白斗?」


「まさか、忘れた?」


「まさか、白斗な……」


 日向はそう言ったかと思うと、「あいつのことはもう忘れろよ……」再び、ぽつりとそう呟いた。


「忘れろ、だって!! ひどい!! 私達3人、幼なじみだったじゃん!!」


私は語気を強めてそう言うと、日向は命令口調でこう言った。


「あいつが亡くなって、15年か……。あいつは、お前を不幸にさせた。だから、もう忘れろ!!」


「日向はあの事件の事、まだ根に持ってるの? 私に関しては、私はもう何も感じてはいないよ」


「お前はやっぱり、白斗にも優しいな……。でもだめだ、俺はアイツを許さない!! 絶対に!!」


日向は、そう強い怒気のこもった声を出して言った。


「……そう……ごめんなさい……」


 そして、会話は途切れた。

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