白斗君の行方②

 1時間ほど待った。まだ、電話が鳴ることはなかった。


 やっぱり、もう使ってないのかな……。


 ワタシは諦めかけていた。その時、ジリリリリン、ジリリリリン、ジリリリリン、ジリリリリン……。電話の音が聞こえてきた。


 ワタシは急いで一階に駆け降り、親が取る前に受話器を取った。


「はい、楓です。」


「もしもし、菜穂さんは居ますか?」


 白斗君の声ではない?


「はい、菜穂はワタシですが……」


「綾斗、白木綾斗と言います。白木白斗の弟です」


 電話の声は、白斗君の弟の綾斗君だった。


 何で白斗君の弟が?


 ワタシの頭の中をはてなが駆け巡った。


「綾斗君、電話ありがとう。白斗君は?」


 ワタシは綾斗君にそう質問した。


「兄は居ません。兄は今、少年院に入っています。」


 白斗君は少年院に入っている。


 綾斗君から直にその話を聞いて、実感がわいてきた。


「菜穂さん、兄に会いたいですか?」


 唐突に綾斗君はそう言ってきた。


「……会いたい!! ワタシは、白斗君の彼女だから!! 白斗君と話がしたい!!」


 ワタシは自分の立場を話して、会いたい、話たい、と言った。


「……俺は、菜穂さん、あなたと白斗は会うべきではないと思っています。」


 何で?


「それはどうして?」


「……兄は、白斗は大検を受ける為に猛勉強しています。兄は、人生をやり直そうと思っているんです。白斗自身、あなたに会うべきではない、そう思っているんです。白斗と会うのに、もう少し時間を下さい。せめて、白斗が大学を入学するまでは。お願いします」


「……わかりました。白斗君を待っています。ワタシは、白斗君が立ち直ることを、信じていますから」


 綾斗君の頼みに、ワタシはこう答えることしか出来なかった。


「菜穂さん、ありがとうございます。兄は、白斗は、貴女のような方に出会えて、本当に良かった。どうか、これからも、白斗を見守ってやって下さい。白斗の近況については、俺で良ければ、説明させていただきます。菜穂さんのこと、俺、あまり知りませんが、白斗が菜穂さんの絵をよく描くんです。白斗の心の支えになっているんだな、と思います。ぜひ、またポケベルを鳴らしてください。白斗も喜びます」


 綾斗君は、嬉しそうにそう言って、電話を切ろうとしている雰囲気だった。


「待って!!  白斗君の、白斗君の声は聞けないの?」


 ワタシは慌てて綾斗君を呼びとめて、そう訊いた。


「お話しましたように、白斗はまだ少年院にいます。また、白斗が少年院から出院したとしても、菜穂さんとの接触は控えさせて頂きます。白斗の為、そして菜穂さんの為なんです。」


 綾斗君のあまりの大人の対応に、ワタシはびっくりした。


 まだ、小学6年生のはずなのに……。


 白斗君も大人っぽいところがあったけど、それ以上だ。


 やっぱり、白斗君が捕まって苦労したんだろうな……。


「わかりました。ワタシも白斗君に接触しないように気を付けます。電話番号を教えていただけないでしょうか?」


「それは駄目です。ポケベルを鳴らして貰えたら、対応致します。居場所を知られる訳にはいかないんです。申し訳ありません。」


 そっか……ワタシが電話番号から住所を暴いたりすることを防ぐ為なんだね。


「わかりました。白斗君は、いつ少年院を出院するんですか?」


「……それを知ってどうするんですか? まさか会いに来たりしませんよね?」


 綾斗君が懐疑的な口調でワタシに問い掛けた。


「安心して下さい。会いには行きません。ただ、白斗君の近況が知りたかったんです。本当にそれだけです。信じてください」


 ワタシは必死に綾斗君に弁明した。


「白斗は最初に話したように、大検に向けて猛勉強中です。少年院の出院は明日です。父と二人で迎えに行きます。菜穂さん、くれぐれも来ないで下さい。」


 綾斗君の念押しに「行かないよ」とくだけた口調でワタシは答えた。


「他に何かありますか?」


「もう何もありません。丁寧に受け答えしてくれて、ありがとうございました。また、何かあったら、ポケベル鳴らします」


「わかりました。それでは」


 ガチャン。


 電話を終えたワタシは、とりあえず安心した。


 白斗君がすぐに自殺するような雰囲気ではないことが、綾斗君の話でよくわかったからだ。


 白斗君、気持ちを切り替えて大検受けるんだ。


 ワタシも進学を考えているが、まだ将来像が浮かんでこない。


 ぼんやりと考えているのは、美術部顧問のように、学校の先生になって、子供たちに絵を教えたいなというくらいだ。


 だから、大学に行って教員免許を取得しないといけない。


 勉強はあまり得意ではなかったが、白斗君がいなくなって以来、そのぼんやりとした目標に向かって勉強も頑張ってきた。


 もうすぐ、もう何ヵ月かで大学入試も始まる。


 とりあえず、大学入試に集中しよう。


 ワタシはそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る