白斗君が言いたかったこと。②

 しばらくすると、家の電話が音をあげた。


 今度はワタシが直ぐに受話器を取った。


「もしもし」


「あっ、菜穂。お風呂気持ち良かった?」


「気持ち良かったよ」


「良かった。じゃ、本題に移すけど、やっぱり菜穂は俺と急に暮らしたりは出来ない?」


 白斗君はいきなりその質問をしてきた。


 落ち着け……。大丈夫……。


「うん……。やっぱりいきなりは難しい。あのさ、白斗君、休みの日にワタシが白斗君の家に行くのって、どうかな?」


 ワタシはお風呂に浸かって考えていた提案を口にした。


 受話器からすぐに白斗君の声が聞こえる。


「菜穂、俺は菜穂に会いたいんじゃなくて、菜穂と暮らしたいんだよ。この違い、判る?」


「えっ!?」


 ワタシはすぐに答えることが出来なかった。


「菜穂。俺は夏に母さんを失った。その時に思ったんだ。この世界に母さんという存在はいなくなったんだ、もう一緒には暮らせないんだ、と。でも俺はまた、母さんと暮らしたい。これがどういうことか、判る?」


「……わからない。」


「じゃあ、教えてあげるね!!」


 この後、白斗君は信じられない言葉を口にした。


「この世界で生きてても、母さんにはもう会えない。だから、俺は死のうと思う。菜穂。俺を思ってるなら、一緒に死んでくれ!!」


「ちょっと待って!? 白斗君!? 何言ってんの!?」


 白斗君の発言に、ワタシは気が動転した。


「菜穂。俺はもう、この世界に存在することに意味を見出だせなくなったんだよ。ここのところずっと、死後の世界について勉強していたけど、俺たちの存在ってただの意識の受け皿に過ぎないんだよ!! だから、肉体が消滅しても、意識の世界には生存しているんだ!! ただ、意識の世界とこの世界は切り離されたものだから、母さんの意識はもうこの世界にはいない。だから……」


 そう白斗君はいつもの明るさで喋っている。


 えっ!? えっ!? 何!? 白斗君!?


 ワタシの心の中は大パニックだ。


「菜穂。愛してる。だからお願いだ。一緒に逝こう!!」


 電話越しに、陽気な白斗君の声が聞こえる。


 ワタシにはもはや、白斗君からは恐怖しか感じない。


 どうしよう……白斗君がおかしくなった。


 ワタシは動転した頭を必死に動かして、白斗君への返事を考えた。


「もう一緒に暮らしてもいいよ!! でも、今の世界を先ずは全うしよ!! この世界でもワタシはそばに居るから!!」


 ワタシはそう白斗君に訴えた。


 お願い、白斗君!! 愚かな考えはやめて!!


 心の中で、そう必死に叫びながら……。


「人間は必ず、いずれ死ぬんだよ!! わざわざ自分で命を絶つなんて!!」


「死後の世界が、必ずしも良いとは限らないよ!!」


「白斗君、お願い!! お母さんだって、そんなこと望んでない!!」


 ワタシは、なんとか白斗君を止めようと、必死で思い付く限りの説得を試みた。


「菜穂……そんなこと言っても無駄だよ!! 俺の考えは、もうとまらないよ!!」


 しかし、頑として考えを曲げず、そう強くはっきりと言い放つ白斗君。


 ああ、白斗君……ワタシの言葉はもう届かないの……。


 ワタシは絶望しかけていた。


 そんなワタシを、白斗君は更に追い詰める。


「菜穂の家の近くの公園の、公衆電話から掛けてるから、電話切ったら、直ぐ行くね!!」


 そんな白斗君の言葉を聞いたワタシは、頭が真っ白になった。


 白斗君が、もうすぐウチに来る!?


「菜穂~、聞いてる?」


 電話越しに聞こえる、白斗君の声。


「あ、聞いてるよ!!」


 まだ、電話繋がってる。これが切れたら……。


「じゃあ、遅くならないうちに行くね!!」


「待って!!!!」


 ワタシは、電話を切ろうとする白斗君を、必死に呼び止めた。


「菜穂、どうしたの?」


 白斗君が、そうワタシに問い掛ける。


 このまま、切れてしまったらダメだ。


 確実に白斗君は、ワタシのところに来る。


「白斗君、ワタシは白斗君と一緒には死ねない……。もっと生きたいよ!!」


 ワタシは遂に、白斗君にそう言った。


「……そっか。わかった」


 ガチャン


 白斗君はそう言ったかと思うと、電話を切った。


 白斗君、ごめんなさい……。


 ワタシは、自分の部屋で泣いた。


 その日、白斗君は家に現れることはなかった。


 次の日の朝、郵便受けをみると、白斗君がワタシに宛てた手紙が綺麗に折り畳まれて入っていた。その手紙にはこう綴られていた。





 菜穂へ


 俺、わかってた。


 菜穂はまだ死にたくないって。


 でも、俺、もしかしたら菜穂なら……って思った。


 でも、やっぱりダメだった。


 俺は許されない罪を犯した。


 俺が、実の母親を殺した。


 病院では病死と判定されたけど、俺、注射器で空気を投与した。


 母さんはまだ生きられるはずだった。


 そんなこと、俺にもわかってた。


 でも、そうすることしかできなかった。


 母さんが“母さん”でなくなるのを見ていたくなかったから。


 俺、警察に行くよ。


 菜穂と母さんを苦しめた分、俺は苦しむ。


 出所したら、俺は死ぬ。


 今まで、ありがとう。


 さよなら。


 白木 白斗

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る