scene 15

夏休みになるが……

 高校に入学して、4ヶ月近くたった。ワタシたちの学校も夏休みを迎える。あれから、白斗君はまだ部活に復帰することはなかった。学校では白斗君と変わりなく話した。が、学校以外ではワタシは白斗君と会うことが出来なかった。


 ワタシは休日に、


「どこか行かない?」


と誘ったが、白斗君は、


「ごめん、ちょっと……」


と断られた。


「家に行ってもいい?」


と聞いても、


「ごめん……」


「うちに来る?」


と言っても、


「ごめん……」


全て断られた。白斗君のお母さんのお見舞いに行くことすら出来なかった。ワタシは正直、寂しい気持ちでいっぱいだった。



 終業式も終わり、いよいよ夏休みが始まる。


「菜穂、お先に。じゃあな」


「待って!!」


ワタシは帰ろうとしている白斗君を呼び止めた。


「どうしたんだい?」


「もしかして夏休みの間、ずっと白斗君に会えないの?」


ワタシは不安げにそう言った。


「…………いつでもよいから電話して」


「えっ、それって……声しか聞けないってこと!?」


「いや……俺も会える時間創るから……そんな悲しげな顔しないで」


白斗君はそう言って、ワタシにあるものを手渡した。


「白斗君、何?」


「ポケットベル。菜穂の分」


「!?!?!?、ありがとう!!」


「お金のことなら心配しないで!!」


 白斗君はワタシが言う前にそう言った。


「わかった。ありがとう」


 ワタシは、ポケットベルを眺めながらもう一度お礼を言った。


「どういたしまして。俺、携帯しておくからいつでも鳴らして!! それじゃ!!」


そう言って、白斗君は教室から出ていった。ワタシは嬉しかった。白斗君との距離が縮まった気がした。


「菜穂、観てたよ~。よかったじゃん!!」


 三玲がワタシのすぐ脇から声をかけてきた。


「あ、三玲。うん」


「あーあ、私も親に頼んでみようかなぁ……」


 三玲は羨ましそうにワタシの持っているポケットベルを眺めている。ワタシは困った顔をしながら、ポケットベルをカバンにしまった。


「菜穂、部活行くよ」


「うん」


 白斗君が居ない部活動は確かに寂しいが、それなりに楽しくやっている。宝道先輩は、物知りでワタシたちの知らないことを沢山教えてくれる。金子先輩とは、部活動が終わった後も喫茶店やファミレスでおしゃべりするくらい仲良くなった。黒森先輩はまだ4回しか一緒に活動していないが、初めて会った時の恐怖感は薄れてきた。どの先輩にも共通していることは、活動中は真剣にしていることだ。先生がゆるゆるだから部の活動もゆるいのかと思っていたが、部の根幹となる目標がしっかりと定まっていて、活動方針も互いの長所が伸ばせるように部長が進めてくれる。


 この4ヶ月でワタシはデザイン画が、三玲は風景画がそれぞれ得意になった。今日は夏休み前ということもあり、白斗君以外は全員が集まっていた。


「それでは、夏休み中のスケジュール表を渡しますね。」


 宝道先輩がワタシたち一人一人にA4の紙を手渡した。これによると、空白が目立つが、夏休み中の部での活動は一週間に一度、活動報告会の様なものを開くらしい。美術部の鍵は夏休み中にいつでも入れるように、特別に合鍵を作ってくれた。


「部長、この『体育祭準備』ってなにやるんですか?」


 三玲が宝道先輩に訊いた。


 なるほど、確かに夏休み終了一週間前から“体育祭準備”と書かれていた。


「あぁ、それは体育祭で使う飾り付けの作成や各組の飾り絵の手伝いをしたりします」


「お前ら、やることいっぱいで二学期は忙しいぞ!! 覚悟しとけよ!!」


 黒森先輩がワタシたちに脅すように言った。


「こら、黒森くん!! 一年生を脅さない!!」


 金子先輩が黒森先輩を注意する。


「なんだよ、金子!! ホントのことだろ!!」


 ワタシたちが呆気にとられていると、宝道先輩が、


「忙しいのは事実です。なるべく、参加して下さいね。」


と言った。


「はい」


 ワタシたちを始め、黒森先輩や金子先輩もそう返事をした。


「あ、それと、白木くんについてですが……退部するそうです。」


「えっ!?」


 突然部長の口から発せられたその言葉に、ワタシは自然と声が漏れた。


「部長、その話、本当ですか?」


 ワタシは宝道先輩に聞き返さずにはいられなかった。


「はい、本当です。今日、白木くんの方から先生に退部届けが出され、それが受理されました。」


 白斗くんから何も聞かされていなかったワタシはかなりびっくりした。えっ、白斗くん何も言ってなかった……。そして、ワタシは悲しい気持ちになった。


『てかさ、お前って白斗と付き合ってる?』


 この時、ワタシは同時に日向を思い出した。そして、わかった。日向がどんな気持ちだったかということを……。


 ◇◇◇


 部活が終わって帰宅したワタシ。ワタシが日向に伝えづらかったように、白斗くんもワタシに伝えづらかったのだろう。でも、ワタシは白斗くんに部活をやめることをなぜ言ってくれなかったのか聞きたかった。だから、初めて白斗くんから貰ったポケットベルを使った。送信してしばらくしてから、家に電話が掛かってきた。


「もしもし」


「もしもし、菜穂? どうしたの?」


ワタシは嬉しさと悲しさから目から涙がこぼれてきた。


「白斗くん……」


「ん? 何……」


「部活やめるって本当?」


「……部長から話があったんだ……」


 それから、白斗くんはワタシにこう事情を説明してくれた。


「黙ってやめてしまってごめんな。でも、このまま休部していても、復帰の目処が立たないし悪い気持ちになってきて……」


 電話の奥で、白斗くんが思い悩んでいたことがわかった。


「白斗くん、いつも明るく振る舞わなくてもいいよ。ツラい時はツラいって言って!! ワタシ、少しでも白斗くんの力に為りたいの!!」


「ありがとう。でも、菜穂にまで、背負わせる訳にはいかないよ」


「白斗くん!! ワタシは白斗くんの彼女だよ!! 白斗くんの苦しみはワタシの苦しみでもあるの!! お願い、ワタシももっと頼って!!」


「菜穂……」


 白斗くんはしばらくの間、沈黙していた。それから、静かにこう言った。


「実は……母親が目を覚まさなくなった。」


 ワタシはそれを聞いて、一瞬息が止まりそうになった。なんて声を掛ければいいのかわからない。


「菜穂……、母親は多分もう長くない。俺、母親の代わりが出来るようになりたいんだ」


 白斗くんは、そう言った。


「そっか……」


 ワタシの口からは、呟くようにそんな言葉が出てきただけだった。


「うん……。ごめんな」


 そんな!! 白斗くんが謝ることない!! ワタシは心の中でそう叫んだ。白斗くんに伝えると、余計にツラくなると思ったから。


「じゃあ、そろそろ切るな」


「うん」


 ガチャン


 その時のワタシの心の中は、どうしようもない虚無感に包まれていた。

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