同じような日々が数ヶ月続いた。何も変わらない。

 ユアは目覚めない。私はメイラさんのために野生動物を狩って帰る。サビがつかないように、時々ユアの体を布で拭いてやる。聞くと、メイラさんは薬師だそうで、来る日も来る日もすり鉢で何かの薬草を練るなどしている。何も変わらない日々なのに退屈ではなかった。 むしろ今までにないほど充実感にあふれていた。

 ある夜、メイラさんが質問してきた。

「名前は? ほら、ユアみたいに人間につけられた呼びやすい名前、ないのか?」

 私は苦笑した。たとえ付けられていたとしても、あの主人たちのセンスにあやかりたいとは思えない。だが同時に、この人につけられた名前なら、他の人間に付けられる名よりは価値があるかもしれないと思った。

「あなたがつけてくれますか?」

 メイラさんは呆然として、すぐに朗らかに笑いだした。その頬は僅かに赤かった。

「いいけど、ライナの名前がお気に召すか、分からないよ?」

 こうして私はデルタになった。それはライナ族の伝説の英雄の名だった。女性の身で若くして王位を継いだデルタという人は、その優しさ、聡明さ、美しさで世界中の人々から愛された、らしい。熱く説明され、私は何だか気恥ずかしかった。

「知能が高いことはプログラミングされていますが、優しくはないですし、美しくもないでしょう」

 しかし、こういう時に限って、彼女は真剣な表情で反論してくる。

「あんたの心は優しいよ。それに、綺麗だ」

 更に恥ずかしくなった。

 それからまたしばらくしたある日、いつものように狩った動物を持って帰ると、ユアの寝相が朝見た時と少し異なっていた。メイラさんはいない。買い物にでも出かけているのだろうか。

 私は期待を抑えながら、話しかけた。 少しだけ髪に触れる。不意にあの倉庫を思い出した。

「聞こえるか?」

 返事を待たず語りかける。

「君が命令を守り続けて私を壊していたら、私は今ここにはいないのだ。こんな風に、人間のように自由でいられることもなかった。ありがとう」

 この狭くて暗くて良い状態とは言えない路地裏は、私にとっては楽園だった。ユアのまつげが少し震えた気がした。風のせいだろうと思った。

「今はまだ、聞こえていなくても構わない。だが、いつか君が目覚めたら・・・ちゃんと目を見て、礼を言いたい」

 ユアの冷たい手をとった。そのとき、小さな力が、私の掌を締め付けた。ハッとして顔を上げると、目が合った。

「聞こえてる」

 あの倉庫で何度も目にした蜂蜜色があった。

「ずっと、ずっと前から聞こえてたよ。体は動かなかったけど」

 ユアはふわりと微笑んだ。私は震えをごまかすように、強くユアの手を握り返した。

「本当に目が覚めたのか?」

 と私の発した野暮な質問に、一緒になって笑った。

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