玄関の門を出て、しばらく行った先の路地裏で女性を降ろした。彼女を縛る縄を引きちぎる。見開かれた目に、穴が開くほど見つめられた。

「どういうつもり?」

 どういうつもりか、そんなこと、私が一番知りたかった。女性は、私に怯えて身を守ろうと構えている。なので、目線が同じになるようにしゃがみこみ、囁いた。

「逃げてください」

 はやくこんな地獄を抜け出して、逃げてほしい。

 女性はよろよろしながら立ち上がった。戸惑いながら、暗闇へと駆けていく背中が見えた。帰ろうと振り返り、私は急に気絶した。スリープモードが確認された。視界にoffの文字が表示されていた。


「気分はいかがかな?あまりいいとは思えないけど」

 次に意識を取り戻したのは、先ほど出たはずの倉庫の中だった。背が壁につけられて、立たされていた。

 異常を確認した。左足が動かない。

 取り巻き達の横に、人間型のロボットが一体立っている。私は両肩を固定されている。

 正面に立った少年が、人間型のロボットの方を向いた。金髪を短く刈りそろえられ、成人男性によく似た容姿をしている。

「こいつは、ユアさ。俺たちの友達だ。お前とは違う」

 彼の名は、070 A1P 879403kのはずだが。少年は私に一歩近づくと、胸を殴った。銅を打ったような金属音が響く。機体に小さな傷を感知した。

「お前、あの女を逃したな」

 少年が低く囁くと、ユアが彼の前に立った。ユアの影によって視界が暗くなった。一度交信を持ちかけてみたが、返事はなかった。

「やれ」

少年は冷たく言い放った。ユアの拳が振り上げられた。

 それから何日か経った。ユアが人間からの命令にいかに従順かということは、よくわかった。ユアが私を殴るたびに増えていく傷。あの少年には一切の情がないということも理解した。

「おー、やってるやってる」

 時たま様子を見にくる三人は、私に攻撃を続けるユアを労った。

「よしよし、ちゃんとこいつがぶっ壊れるまでやれよ?」

 少年が取り巻きに呼びかける。彼らは賭けをしていた。私があとどれくらいの時間で壊れるかという内容だった。

「ユア、頑張れよ。あと三日以内に壊せ。主の命令は絶対だぞ」

 ユアは電子音の声で返事をし、彼らは満足そうに帰っていく。

 私の機体には、傷はつくが、人間で言うところの痛覚はない。よって殴られようが何をされようが痛くはない。そのはずだった。なのに殴られるたび、胸の奥深くで刺されるような痛みが走り抜ける。いったいどこの器官でそんなものを感じているのかさえ、私にはわからない。

 あの人は、うまく逃げることができただろうかとぼんやり考える。

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