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殴るたびにユアの動きが硬くなっていると、私には思える。まるで、攻撃を躊躇っているように。ユアも、私と同じではないのだろうか。言いなりになるしかない悲しみと人間に反発したい思いを抱えているのではないのか。
そもそも、なぜ私はそのような考えを抱いているのだ?
そう思った時、声がした。
「やめろっ!」
扉の前に白いシルエットが浮かび上がる。それは足を引きずりながら私たちに近づくと、ユアの左腕を掴んだ。私が助けた、あの女性だった。
私はこの時初めて、恐怖という感情を知った。彼女が、ユアに殺される未来がちらついたからだ。
しかしユアは途端に、ぴくりとも動かなくなった。二つの目から光が失われていった。彼は、自ら機能を停止し、シャットダウンしたのだ。ロボットが一人でに動かなくなるなど、ありえないというのに。
私は初め、彼女がユアに何かしたと思った。しかし彼女はよろよろの体で、まだあの時受けた傷が完全に直ってはいない。そんな状態でユアをどうにかすることなどできるわけがない。
「・・・君を殴るのが、よっぽど嫌だったんだな」
女性は私を見てそれだけ言った。
私は彼女によって自由になった両腕で、ユアを担ぎ、女性の背を支えながら、倉庫を後にした。
ずっと働いてきた豪邸の、最後の門を出る直前、迷いが胸をよぎった。こんなにあっさりと今の生活を捨ててもいいものか。
私は振り返ると、冷酷な富の象徴を上から下まで見た。貧しいものの救済を口にする割には、自分の富を手放しはしない。私が知っているのはそういう人間だけだ。
「こっちだ、ついてきてくれ」
女性はフラつく足取りで、私の前に立ち、歩き出す。再びその背を支えた。彼女からは、人間の発する卑しい匂いがしなかった。
私が女性をおろした、あの路地裏を、進む。
水滴がぽつりと落ちる音がする。時々差し込んでくる光も、死にかけのように弱々しい。ネズミが私に驚いて逃げていった。衛生的に良いとは言えない。
しばらく進むと、路地の出口で光がチラリと見えた。左右はビルに囲まれている。出口の手前に小さな空き地があり、彼女はその中に入った。
「なぜ、助けてくれたのですか?」
私は女性が指定した、一枚の布切れの上にユアを寝かせる。
「・・・お返し。それより、あの時ひどいことを言ってすまなかった」
私は、彼女に機械の塊と言われたことを思い出す。
女性は頭を下げた。私は彼女に対し、好ましい印象を受けた。
「ところで、あんた、足・・・」
女性の指さす左足を見て思い出した。そういえば、私の左足は、腰とのケーブルが切断されていたのだった。痛みがないとこういう時に不便だ。
「人間達にやられたのかもしれません。もしくは、ユアが、彼らの命令に従ったのか、どちらかです」
女性は毒づいた。私の言葉に腹を立てたらしい。
「残酷な悪魔どもめ」
私は自然に聞かなかったふりをした。
「まあ、電源が切られている間に切断されたので、詳しいことは分かりませんが」
女性は、ユアの隣に座り込んだ。少し離れたところに、骨だけになった魚が入ったゴミ箱がある。
女性は、寝ているユアの正面に私を座らせると、メイラと名乗った。
座った時、ビルの壁に背が当たった。お世辞にも、広いとは言えない。だが、そんなことは全くどうでもよかった。自分でも気付かないうちに、私は彼女、メイラさんに興味を抱いていたのである。
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