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光の崖に腰を下ろしていた。今から軍隊がやってくるというのに、僕は妙に落ち着いていた。
シャイニーはうまく、あの人を監獄から救い出してくれるだろうか。ステラはうまく、ロマと合流できるだろうか。プナキアはうまく、ステラを導いてくれるだろうか。いや、みんなならきっとやってくれる。
今日はこの場所に光は降らない。シャイニーがいないからだ。昨夜別れた彼女の冷たい温度を思いだす。彼女は、僕の光だった。
今まで出会った人たちは決して多くないけれど、一人一人よく覚えている。ステラと出会ってみんなと生きて、愛しいという思いに種族は関係ないとわかった。それだけで、僕には十分なのだ。僕はこの場所で一生分の感情を知った。
「やっぱり、ここにいた」
何度も聞いた声が聞こえた。僕はハッとして、ここにいるはずのない声の主を探した。
「・・・何をしてるんだ!どうしてここに来た!?」
ステラがいた。
「僕が、プナキアに頼み込んだんだ。話をさせて欲しいって」
思わずカッとなって、声を張り上げた。ステラは向かってくる。
「いいから、早くここを出るんだ!話なら後でいくらでも聞くから・・・」
ステラはなおも近づいてきて、僕の肩を掴んだ。
僕は、ステラの口から父さんという言葉を確かに聞いた。身体の中がぐらりと揺れた。父さんと呼ばれていたことが、大昔のように感じられた。
「・・・なぜ、だ。どうして、記憶は完全に消したはずなのに」
すぐに頭の中が真っ白になっていく。ステラが記憶を取り戻した?全ての記憶を?
記憶消去に何か不備があった?ステラが思い出してしまったら、呪いは?
僕の体がガタガタと震えだす。
呪いは、消えない?
「僕は、しくじったのか」
呟きまで微かに震える。一瞬、大人になったステラの姿が脳内をよぎった。その獣は、人の血をうまそうに一舐めした。恐怖は雷のように僕を貫いた。気づいた時にはしゃがみこんでいた。
上からステラの声が降ってくる。
「記憶を消したのは、父さん達なんだね」
その声は、怒っているようでも、悲しんでいるようでもなかった。
目を開けると、ふわりとした粒子が鼻先に当たった。驚いて顔を上げる。ステラが一本の百合を僕に差し出していた。粒子はその花びらの中からこぼれ落ちていたのだ。
「ステラ・・・」
「僕は無意識の中でも消せなかったんだね。父さんとプナキアと、一緒に過ごした毎日を」
ステラは、ゆっくりと微笑む。それがとても美しくて、まるで天使が絵に描いたみたいだった。
「綺麗・・・」
「え、何?」
感情は自然と漏れてしまったらしく、僕は少し首を振って誤魔化す。
ステラが囁く。
「きっと、僕を守るためにしたことなんでしょう?」
僕は思わず身を乗りだしていた。そこまで、わかってるのか。
「プナキアも、父さんも・・・何かするのはいつも僕のためだったから」
ステラの優しい声がした。
「僕、父さんみたいな人になる。絶対に」
僕の目から、ありえないのに、ありえないはずなのに涙が溢れた。いや、もしかしたら強すぎる感情に、思考回路が麻痺して幻覚が生じているのかもしれない。
ステラが両腕で僕を包みこんだ。やわらかい頬に瞼を押しつけて、どうしようもない震えに身を任せた。
「ごめんね、騙して、嘘をついてごめんね」
ずっと君に謝りたかったんだ、僕たちは。
やがて、足音が地響きを起こすほど近くなった。巨大なボリジン達の輪郭が見え始めた。先頭は、記事で何度も見たデルタ隊長だった。
その時、反対方向、洞窟の奥からガラクタをつっきって走ってくるバイクが見えた。
「ステラ、お迎えがきたよ」
僕はもう一度ステラをぎゅっとして、体を離した。ステラの目はあまりにも悲しげだった。頭のいいこの子のことだ。きっともう全部、わかってる。
「・・・また、会えるよね?」
僕はステラに何百回目かの嘘をついた。
もしこの世界に神様がいるのならばお願いをしたい。今度生まれてくる時は、嘘をつかなくてもいい世界がいい。
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