13
13
「この赤ん坊をか 」
わかっているのにわざと尋ねていた。合理的ではない行動だ。
私は『動揺』しているらしい。確認するだけの時間が欲しかったのだろう。
心というものが非常な厄介な代物であると、私は嫌々ながら気づき始めていた。
名をつけてやってくれと言われたが、そんなことやったこともない。
私は仕方なくプナキアに声をかけた。
「何か、いいのはないか? 」
しかしプナキアは私の方を向いて、片言の言語で
「何カオ運ビデキルモノハアリマスカ? 」
と言っただけだった。 私も今まではこんな話し方をしていたのだろうか? 不気味に思う。
赤ん坊が、不都合など何もないというような顔で寝ている。
しばし思考を巡らせる。
だめだ、できない。候補をいくらか挙げてみたが、すべてステラに却下された。
「15A3Bはどうだ?」
「馬鹿野郎」
「じゃあ・・・21のC1 99は」
「この野郎!」
自信作だった21のC1 99もダメだなんて、人間のセンスというのは奇妙で不可解で理解不能だ。
「そんな名前つけたら、かわいそうだろう」
と言われたが、私達の間では名前と言えば、こういった形のものが一般的なのだ。人の価値観で勝手なことを言われても困る。
しかし安らかな赤ん坊の寝顔を見ていると、思い直した。 この赤ん坊が人ならばちゃんと人間的な名前を付けてやろう。
不意に、赤ん坊がぐずるような声を上げた。 ぎくりとして思わず赤ん坊を両手で抱え上げてしまった。赤ん坊の顔が、だんだんと圧力を中心に集中させたような、しかめっ面に変化していく。
「ど、どうしたらいいんだ? 」
ステラから返答がない。笑っている。
「ふ、ふざけるな!教えろおい!」
思考停止になり、自分が赤ん坊の平穏を壊しつつあることに、ヒヤリとする。
そして赤ん坊が、一層悲痛な声を上げた。ぐずるような音だ。
私は無様と言われても仕方のないような声を漏らした。 泣き出した赤ん坊が、人間の酔っ払いと同じくらい扱いにくいのを、経験上知っている。
これは、泣かれる、私は覚悟した。聴覚神経の作動を50%低下させる準備をした。
しかし、意外なことに赤ん坊は泣かなかった。
「あれ? 」
それどころか、キャッキャと笑いだしたのだ。 手足をジタバタさせて私の顔を見て。その黒い瞳が、目の前の男と重なった。
血生臭い世界の中で両親を失って、一人ぼっちだというのに一粒の涙も流さず、幸せそうに笑っている。
「ステラにしよう」
私は男と目を合わせた。
「この子の名は、ステラだ」
へんてこで、不思議だからステラ。 もっと知りたいと思わせて、新しい風を吹き込んでくれたから、ステラだ。
私は両手の中にある新しい風を、眺めた。笑っている。
私は自分が微笑んでいることに、今更気づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます