プナキア


プナキア


ロマ様がお帰りになって、もう仕事をする時間ではなくなった。ステラ様と生活を共にするなら、人間の時間感覚に合わせなければならない。

 私たちのエネルギー指数もあまり減っていないので、あとは朝を迎えるだけだった。

 ステラ様を腕に抱いたまま、彼はガラクタにもたれかかった。そのまま機能停止するらしい。私は彼の隣に腰を下ろした。

 ふと、感じた。私はもう一人ではない。ロボットらしかったとしてもそうでなくても、ここに居る方々は私を愛して下さる。 自分が必要とされているような気がした。

 シチューを食べたから?ロマ様と話したから?どうしてそんなことを、私は急に感じたのだろう。どうしてなのかわからない。しかし原因なんてわからなくてもいいと思った。物事が曖昧なままでいいと思ったのは,初めてだった。

 何か大切なことを伝えたくて、自分でもどう言えばいいのかわからない内に、彼に話しかけてしまった。

「朝になる前に、私の話を少し聞いていただけますか? 」

 今夜を逃せば、もう二度と話せなくなるような気がした。

  明日になってしまう前に。

 彼はやはり穏やかな微笑みを私に向けた。 私は決心を固めた。

「私はあなたよりもずっと古いロボットです。あなたがここに来る何十年も前から働いていました」

 すると彼は一瞬目を見開いて、こう返した。

「番号でわかっていたよ 」

ご存知でしたか、と自分でも驚くほど、大きな声を出してしまった。ひどく動揺した。今からする話が、この日常を壊しやしないかと恐れている自分もいたの・・・かもしれない。

「私は・・・ここで」

 声が震える。私は人間ではないのに、見えないものに怯えていた。

「ここでずっと一人ぼっちで」 

 改めて口にすると、その言葉は胸を刺す。手が私の背を撫でさすっている。 彼の手のひらは温かかった。

「誰かに感謝されて、役に立つと言って欲しかった。 私はロボットらしくありません。らしくなくなってしまったんです。 皆さんと一緒にいる中で」

「・・・僕もだ 」

 私たちはステラ様を見た。宝物のように愛おしい。私にもきっとこの方にも、きっかけをくれたのはこの子なのだろう。 そう思った。

「自分の・・・胸の奥の感情にさえ気づけないでいたんです。皆さんのおかげでやっと」

 もう深い海底に沈める必要はないのだ。 素直になってもいいのだ。それはどんなに幸せなことだろう。

「僕もだよ、プナキア」

 私たちは夜空を見上げる。こんなに、大きな熱を人間は胸の内で感じているのだろうか。まるで自分がちっぽけな、宙に浮かぶ埃にでもなった気分だった。

 与えられた虚しさ、喜び、いろんなものがごちゃ混ぜになった。私たちは初めての強烈な感覚を前に、赤ん坊のように震えていた。

 そして、夜が明ける。



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