28

28

記憶の一部分のみを消去することはできない。なぜなら記憶というものは複雑に入り組んでいるからだ。よって、部分的に消去したとしても、記憶の残っている部分が勝手に手がかりを見つけて、記憶のない部分を補って元に戻ってしまう。まして、何年も前に仕込まれた記憶だ。それはステラの人格の中にまで入りこみ、核を成してしまっている。呪いの部分だけを消すことはできない。だからすべてをなかったことにするしかなかった。

 光のあるあの崖へ、プナキアと向かいながら、見慣れた景色を目に入れた。腕の中のステラは全く目を覚ますそぶりもなかった。呆気なさすぎて恐ろしかった。ガラクタの積まれたこの洞窟も、僕らと生きたこの世界も、ステラにとっては初めてのものになるのだ。

 光の崖に着いた。塵が舞う。そこには様々な機械が設置されている。僕が研究のために揃えたものだった。今となってはもう、使うこともない。その研究とは、記憶操作薬の改造だ。女が半分残していった薬をあらゆる方法で改変し、記憶を消す薬として新しく生成した。あの本に書いてある手順通りに、事は運んだ。

 

プナキアはうつむいている。僕らは黙ってステラを見つめていた。ステラを手に掛けることを、ただ引き伸ばしたかった。 数秒の間だけでも。

「これで本当にいいのでしょうか?何か他に手段はないのでしょうか? 」

 後戻りは、もうできなくなった。

「もう時間がない・・・君だってステラのことをずっと見てきたはずだ」

 何もかもハッピーエンドなんてのは、フィクションだからできることだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る