第41話 胸キュンラブ!


『先輩……! あたし、ずっと……ずっと、先輩のこと、好きでした……!』

『広瀬ちゃん……』

『先ぱ……え……』


 先輩は広瀬ちゃんをがっしりと抱きしめた。

 桜の花が舞い散る、その下を俯瞰して描かれたカット……。

 そして、先輩の手が広瀬ちゃんの頬に触れ、先輩を上目遣いで見上げる広瀬ちゃん……。そこで唇が触れる瞬間……ッ!!!


「コレだよ! コレコレ!! コレなんだよ!! 俺が求めてる胸きゅんラブ青春って!! なぁ!? 分かる? 分かるだろ? なぁ!」


 俺が涙目になりながら少女漫画を手にして、名シーンを開き親友に迫れば、親友が俺の顔面を押しやった。


「うっせぇ! そして寄るな! 暑苦しい!」


 俺は親友から離れて、押し潰された自分の鼻を撫でながら恨めしげな目を向ける。


「コレ、絶対お前のねぇちゃんとなら共感出来るのにさぁ」

「悪かったな、共感してやれなくて」

「新刊が出た今日に限って、ねぇちゃん居ないって!!……てか、最近、居ないこと多くない?」


 そう言って、何の意味もなくリビングをサッと見渡す。


 俺は今、親友の家に来ている。


 ある日、今日みたいに親友の家に来て、リビングに置いてあった少女漫画を何気に読んでみたら、それにハマった。その漫画の持ち主が親友の姉貴の物で、それ以来、新刊が出る度に少女漫画の感想会を繰り広げ、親友には何故かドン引きされている。何故だ。何故、この良さがコイツには分からないんだ。あの姉貴を持ちながら……解せぬ……。

 

「姉貴、最近、大学でが出来たみたいなんだよ。お前と語る少女漫画より、リアル恋愛の方に夢中なんだろうよ」


 サラリと告げられたまさかの報告に、心臓が俺の胸を大きくドクンと打ち付ける。俺は声なく口をあんぐりと開けて目を剥き出しにすれば……。


「……その顔、姉貴に見せたら殴られるから、やめとけ、な?」


 親友は俺の肩を二度、ポンポンと叩いてキッチンへと向かった。


「俺の……俺の、唯一の同士が……少女漫画同盟を、離脱するだなんて……」

「大袈裟な……」


 俺が大袈裟な演技をしつつ膝から倒れ込むと、キッチンから飲み物を持って戻ってきた親友が「じゃーま!」と言いつつ床に倒れ込んだ俺を跨ぎながら通り越し、ラグの上に腰を下ろす。


「じゃあ、お前が少女漫画同盟組んでくれんのかよ」


 ムスッと睨み付けながら起き上がると、親友は鼻で笑う。


「んなわけあるか。オレは青年誌の方が好きなんだよ」

「……お前、ムッツリスケベだもんなぁ」としみじみといえば、「なんだと?」と低い声が返ってくる。


「真面目な顔しときながら、エロいこと大好きだもんなぁ。おっぱい大きい子、目で追うしさぁ」

「……健全な男子高校生なだけだ……よっ!」


 と、飛び掛かるようにして俺にヘッドロックを仕掛けて来た。あまりの力強さに倒れ込みつつ「ギブギブ!」と腕を叩きながら言えば、リビングのドアが開いた。


「やだ、もしかしてお邪魔したかしら……?」


 俺と親友は同時に声の主を振り返る。

 ドアの前には俺の少女漫画同盟の同士である、親友の姉貴が口元に手を当て「あら、やだ」なんて言いつつ、その下はがっつりニヤケながら俺たちを見ている。


 え、なんか、すっげぇ嫌な予感しかしないんだが?


 俺たちの状況。

 ヘッドロックされてはいるが、弟が寝転ぶ俺に覆い被さっている様にも見える……。


「あ、心配しないで! 私、偏見とかないし! 弟がそうであってもいいと思うし! あ、なんなら私、婿養子もらえば良いんだし!」

「ちょぉーっと待て!! 何勘違いしてるかなぁ!」

「大丈夫、大丈夫! 勘違いしてないから! 熱いバックハグ、ごちそうさまですっ!!」


 両手をパンッと音を鳴らしながら拝む姉貴に、親友である弟と俺が同時に「バックハグじゃねぇ! プロレス技!」と叫ぶが、姉貴のニヤけ顔は収まらない。


「よっ! ナイス、シンクロ!」

「ナイス、シンクロじゃねぇ!」


 姉貴vs弟のやり取りを、若干の虚脱状態で聞いている。やべぇ、この姉貴、何言っても聞いてねぇ……。と思っていると、ふと、ある考えが頭をよぎった。


 ちょっと待て。もしかして、姉ちゃんの学校で気になってる男って、そういう妄想系じゃねぇ? と……。

 

 そう思った俺は、親友の姉貴に訊ねる事にした。


「あー……ねぇ、もしかしてなんですがね」

「ん? なぁに? 改まって」

「今、ハマってる漫画、変わりました?」

「漫画?」


 俺は、今日一緒に感想会をしようと思って持って来ていた少女漫画を見せつけ「コレ!」と叫ぶ。


「少女漫画から、嗜好変えました?」


 そう訊ねれば、姉貴は何やら不敵な笑みを浮かべ、肩に掛けていた鞄の中から、一冊の本を取り出した。


「少女漫画も読むわよ。でも、最近、コレにもハマったのよ……BLっ!」


 やっぱりなっ!!


「もぅ、少女漫画に負けないくらい胸キュンラブなのよぉ!!」と熱弁を振るい始めると、すかさず俺たちは声を合わせる。


「「それと俺たちを一緒にすんな!!」」

「えぇー! いいじゃない? ほら、今もバッチリ息あってたっ!」


 アハっと笑いながらウィンクする姉貴に、「ウィンクすんな!」「全然、よくねぇわ!」と、二人でツッコミをしてしまう……なんか、すっげぇ疲れてきた……。そんな俺を横目に、親友が徐に立ち上がった。


「もう、俺には分からない世界だから、ちょっとコンビニ行ってくるわ。二人で胸キュンラブな話でもしててよ」

「え、ちょっと待てよ、この状態で俺を置いてく?」

「元々、お前は姉貴と漫画談義したくて来たんだろが」

「はっ! これはもしかして、ジェラシー……」


 俺たちの会話を勝手に変な方向へ転換する姉貴に「全ての会話をBLにすんな!」と怒鳴りながら、親友は俺を置いて出て行って……。卑怯者……。


 俺はチラリと親友の姉貴を上目遣いで見ると、彼女はにっこり満面の笑みを見せた。


 クソッ! この笑みは本当、反則なんだよ。……そう。俺は、親友の姉貴が好きだ。


 少女漫画同盟とか言って、彼女と話せる機会を作って。彼女が好きな事を知りたくて。

 何度も何度も、少女漫画について語ってきた。だから、俺は知っている。


 彼女が好きな【胸キュンシチュエーション】を。


 そして、彼女が俺の事を『悪く無い』と思っている事も。だから、多分。俺が押せば、落ちるって事も。


 『気になる男』とらやは、きっとBL思考によるもので、きっと恋愛って意味じゃないだろう、きっと。……きっとが多いが、気にするな。

 もし、万が一、恋愛って意味であるなら、俺に振り向かせてやる。何故なら、俺は彼女の好きな【胸キュンシチュエーション】を知っているからだっ!!


 俺はゆっくり手を伸ばし、彼女の指先をキュッと自分の指先で摘む。


「ねぇ、本気で思ってるの? 自分の弟と俺が出来てるって。俺、アイツとより、あんたと喋りたくて、いつも来てんだよ? その意味、わかる?」


 上目遣いで訊ねれば、彼女は「え、」と瞬きを繰り返す。この俺の上目遣い! 好きなの知ってんだかんな!


 摘んでた指先を離し、今度は手を掴んで引き寄せる。よろめいた彼女を抱きしめて腕の中に収めると、その耳元に囁いた。


「好きな人のこと、もっと知りたいから。好きな人と好きな物を一緒に語って、どんな事が好きなのかを、知っていったんだ」


 横顔を覗き込めば、ほんのり耳が赤く染まっていく。


「そんな人間が、自分の弟とBLだって、思う?」

「……」

「ねぇ、こっち見て?」


 彼女の頬に手を添えて、俺に向かせる。そのおでこに、自分のをコツンと当てると彼女は真っ赤な顔で俺を見ている。

 俺は自然と口角が上がる。そして、顔が染まるのと同じくらい赤く染まった唇に、チュッと小さなキスを。


 大きく目を見開く彼女に、俺は囁く。


「これでも、まだ思うの?」

「……思いませ……ん」


 声が消えていく。


「俺は、アンタが好き。アンタの弟は親友だけどね。アイツと恋愛する気はないよ。恋愛するなら、アンタじゃないと、嫌だ」


 そう言って、今度はしっかりめのキスをする。

 彼女の手が、俺の背中に回った事に気が付き、俺は心の中でガッツポーズをした。


 こんな形で告白するつもりなんて、微塵も無かったけどさ。胸キュンはしても、青春っぽさが抜けちゃってるけどさ。


「……ありがとう……。私も、好き……です」

「ん」


 その言葉に、俺は満足気に微笑む。

 まぁ、誤解が解けたならいいや、と幸せな余韻を持って再びキスをしようとすると、彼女が言った。


「あのね、私の好きなこと、もっと知って欲しい……」

「うん? なに?」


 そう甘く問えば、彼女は瞳を潤ませながら、俺の好きな満面な笑みを浮かべ、その手に漫画本を取った。


「BLも、すっごくいいの!!」



 …………。


 何故そうなる!?



×××

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